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グリュック王国――閉ざされた遊園地で聞こえた拍手

北海道・帯広の近くに、かつて「グリュック王国」というテーマパークがあった。 ドイツの街並みを再現した園内には、城のような建物や石畳の道が並び、かつては多くの観光客で賑わっていたという。 しかし、閉園してから長い年月が経った現在、その場所には人の気配がほとんどない。 これは、そんなグリュック王国を訪れたという、ある男性から聞いた話だ。 その男性が友人二人とグリュック王国を訪れたのは、閉園からしばらく経った頃だった。 昼間に外から眺めるだけのつもりだった。 ところが、建物の一部が森の中に残されているのを見つけると、三人とも好奇心を抑えられなくなった。 「ちょっとだけ見てみよう」 そう言って、敷地の奥へ入っていった。 周囲には草が生い茂り、以前は観光客が歩いていたはずの道も、ほとんど分からなくなっていた。 やがて、ドイツの街並みを模した建物が見えてきた。 窓は割れ、壁には黒い汚れが広がっている。 それでも建物の雰囲気だけは、昔のまま残っていた。 「ここ、本当に営業してたんだよな」 友人がそう言った瞬間だった。 ――パチ。 どこからか、小さな拍手の音がした。 三人とも黙った。 「今、聞こえた?」 誰かがそう言った。 ――パチ……パチ……。 今度ははっきり聞こえた。 建物の中からだった。 三人は顔を見合わせた。 誰かがいるのかもしれない。 そう考え、慎重に建物の入口へ近づいた。 中は真っ暗だった。 懐中電灯を照らしても、家具らしいものはほとんど残っていない。 そのまま数歩進む。 すると、また拍手が聞こえた。 ――パチ、パチ、パチ。 今度は先ほどより近い。 しかも、どうやら一人ではない。 複数の人間が拍手しているように聞こえた。 「誰かいるんですか?」 友人の一人が声を上げた。 返事はない。 その代わり、 ――パチパチパチパチ…… 拍手だけが続いた。 そして突然、拍手が止まった。 静寂が戻る。 「もう出よう」 そう言って入口へ戻ろうとした、その時だった。 建物の奥から、 「……ありがとうございました」 という声が聞こえた。 三人とも凍りついた。 それは、まるで昔の遊園地で係員が客に向かって言うような、妙に丁寧な声だった。 しかも、その声の直後―― 暗闇の奥に、人影が立っているの...

神居古潭トンネル――出口に立つ女

深夜、旭川から車を走らせていた。 時計は午前二時を少し回っていた。 周囲には街灯もほとんどなく、窓の外は真っ暗だった。 やがて、神居古潭の山道に入り、古いトンネルが見えてきた。 「こんな時間に通るの、ちょっと嫌だな……」 そう思いながらも、そのまま車を進めた。 トンネルの中に入った瞬間、車内の空気が変わった。 ラジオが突然、ザーッというノイズに変わる。 そして、後部座席から、 ――コン。 小さな音が聞こえた。 「……何だ?」 バックミラーを見る。 だが、後部座席には誰もいない。 気のせいだと思い、アクセルを踏んだ。 すると今度は、 ――コン、コン。 明らかに後部座席の窓を叩く音だった。 怖くなって、トンネルの出口だけを見つめて走った。 ようやく出口が近づいてきた。 その瞬間、ヘッドライトの先に人影が浮かんだ。 白い服を着た女だった。 女はトンネルの出口に立ち、こちらをじっと見ている。 「危ない!」 慌ててブレーキを踏んだ。 しかし、車が止まる直前―― 女の姿が消えた。 道路には誰もいない。 恐る恐る車を降りて確認したが、人影はどこにもなかった。 急いで車に戻り、バックミラーを見る。 そこで、息が止まった。 後部座席に、さっきの女が座っていた。 濡れた長い髪で顔を隠し、俯いている。 そして、小さな声でこう呟いた。 「……出口、こっちじゃないよ」 その瞬間、車内のラジオから女の声が響いた。 ――「まだ、トンネルの中だよ」 慌てて前を見る。 確かに出口を出たはずなのに、目の前には再び暗いトンネルが続いていた。 そして後部座席から、 ――コン。 また、窓を叩く音がした。 その後、その道を二度と通らなくなったという。 ただ、本人が最後まで不思議に思っていたことが一つある。 車載カメラの映像を確認すると、トンネルを抜けた後の道路は、確かに普通の山道だった。 だが―― 後部座席には、最初から最後まで誰も映っていなかった。 それなのに、録音された車内音声には、女の声だけが残っていた。 「……出口、こっちじゃないよ」

旧小別沢トンネル――「後ろから聞こえる足音」

札幌の山あいに、ひっそりと残る旧小別沢トンネル。 昼間に見ると、ただ古びたトンネルにしか見えない。 しかし、この場所には昔から、妙な噂があった。 「トンネルの中で、後ろから足音が聞こえても、絶対に振り返るな」 ある冬の夜、男はその噂を確かめるため、ひとりでトンネルへ向かった。 時計は午前一時を過ぎていた。 雪の積もった道を歩き、トンネルの入口に立つ。 中は真っ暗だった。 スマートフォンのライトを点け、ゆっくりと歩き始める。 コツ……コツ……。 自分の靴音だけが、壁に反響していた。 ところが、しばらく進んだところで、 「……コツ」 後ろから、もう一つ足音が聞こえた。 男は立ち止まった。 足音も止まる。 気のせいだと思い、再び歩く。 コツ……コツ……。 すると今度は、 コツ……コツ……コツ……。 明らかに、誰かが後ろを歩いている。 男は振り返らなかった。 噂を思い出していた。 ――絶対に振り返るな。 足音は少しずつ近づいてくる。 コツ……コツ……。 コツ……コツ……。 そして、とうとう耳元のすぐ後ろで、 「……一緒に出よう」 女の声がした。 男は恐怖で動けなくなった。 それでも振り返らず、必死に出口へ向かって歩いた。 やがて前方に、小さな光が見えた。 出口だ。 男は走った。 トンネルを飛び出し、振り返る。 そこには誰もいなかった。 安心してスマートフォンを見ると、奇妙なことに気づいた。 録音アプリが、いつの間にか起動している。 しかも、トンネルに入った瞬間から録音されていた。 震える手で再生する。 最初は、自分の足音だけ。 そして途中から、もう一人分の足音が重なっている。 最後には、あの女の声。 男は息を止めた。 録音の最後に、もう一つ声が入っていたからだ。 それは、トンネルの中では聞こえなかった声だった。 ――「どうして、振り返らなかったの?」 その瞬間。 男の背後から、 コツ……。 足音が一つだけ聞こえた。 それ以来、男は旧小別沢トンネルには二度と近づかなかったという。 そして今でも、夜のトンネルを歩く人の中には、 「自分の足音に、もう一人分の音が混ざっている」 と話す者がいる。 ただし―― その足音が聞こえても、決して振り返ってはいけない。 振り返った人だけが、 「何を見たのか」を話せなくなるからだ。

ラブホテル・コスモ――最後の部屋

北海道・音更町。 かつて、そこには「コスモ」という名前のラブホテルが建っていた。 宇宙船を思わせる独特な外観で、営業を終えた後は長い間、廃墟として残されていたという。 そして、いつからかこんな噂が広まった。 「一番左の部屋には、女がいる」 ある夏の夜、二人の男がその噂を確かめようと、ホテルの前までやって来た。 建物は真っ暗だった。 風もないのに、古びた看板だけがギシ……ギシ……と揺れている。 一人がカメラを取り出した。 「撮ってみようぜ」 建物に向けてシャッターを切る。 すると、カメラの画面が一瞬だけ真っ黒になった。 「バッテリー切れ?」 しかし、電池は十分に残っている。 再び電源を入れる。 今度は普通に映った。 二人は気にせず建物の中へ進んだ。 廊下の奥には、いくつもの部屋が並んでいる。 そして一番左。 噂の部屋の前まで来た。 ドアを開けた瞬間だった。 「……寒くない?」 真夏だというのに、部屋の中だけ異様に冷えていた。 壁には大きな鏡が残されている。 男の一人が、何気なく鏡にカメラを向けた。 その瞬間―― 「……え?」 鏡の中に、二人ではない人影が映っていた。 長い髪の女。 二人のすぐ後ろに立っている。 男たちは同時に振り返った。 誰もいない。 もう一度、鏡を見る。 女は消えていた。 「今、見たよな?」 「……見た」 二人は急いで部屋を出ようとした。 そのとき。 廊下の奥から、 「……待って……」 女の声がした。 二人は走った。 振り返らず、出口へ向かう。 しかし、出口の扉に手をかけた瞬間―― 背後から、 「待ってって言ってるでしょ」 今度は、すぐ耳元で聞こえた。 二人は悲鳴を上げて外へ飛び出した。 車に乗り込み、ホテルから離れる。 しばらくして、男の一人が震える手でカメラを確認した。 「……なあ」 画面には、さっき撮影した写真が一枚だけ残っていた。 一番左の部屋。 その鏡を写した写真だった。 二人の後ろには、長い髪の女が立っている。 そして―― 女の顔だけが、こちらを向いていた。 だが、本当に恐ろしかったのは、その次だった。 写真の隅。 ホテルの二階の窓。 そこにも、もう一人の女が立っていた。 二人をじっと見下ろしている。 「……俺たちが入る前から、いたのか?」 誰も答えなかった。 その後、二人は二度とコスモへ近づかなかったという。 ただ、一人だけは後になって...

オタモイ海岸の「呼ぶ声」

北海道の小樽にあるオタモイ海岸。 切り立った断崖と青い海に囲まれたその場所は、昼間なら美しい景色を楽しめる場所だ。 けれど、地元では昔から、海岸周辺で「妙な声を聞いた」という話が囁かれていた。 ある夏の夕方、一人の男がオタモイ海岸を訪れた。 観光客の姿も少なくなり、辺りは次第に薄暗くなっていた。 男が海を眺めていると―― 「……ねえ」 背後から、女の声がした。 振り返った。 誰もいない。 気のせいだと思い、再び海を見る。 すると今度は、海のほうから声が聞こえた。 「……こっちに来て」 男は思わず海岸へ目を向けた。 波打ち際に、白い服を着た女が立っている。 しかし、距離があるうえ、顔は長い髪に隠れていてよく見えない。 男が一歩近づくと、女も一歩こちらへ近づいてきた。 さらに一歩。 女も一歩。 そして、男が気づいた。 ――おかしい。 女は海の上に立っていた。 足元には波が打ち寄せている。 それなのに、沈んでいない。 男が後ずさった瞬間、女が顔を上げた。 髪の隙間から見えた顔には、目も鼻もなかった。 ただ、真っ黒な穴のようなものが二つあるだけだった。 「……どうして帰るの?」 声がした。 その瞬間、海岸全体に大きな波音が響いた。 男は夢中で走った。 振り返ることはできなかった。 背後から、ずっと女の声が追いかけてくる。 「待って……」 「ねえ……」 「一緒に来て……」 ようやく駐車場まで戻った男は、車に飛び乗り、その場を離れた。 自宅に戻ったのは夜遅くだった。 疲れ果てた男は、そのまま眠った。 翌朝。 スマートフォンを見ると、昨夜撮った覚えのない写真が一枚保存されていた。 オタモイ海岸の海を撮影した写真だった。 男は震えながら写真を拡大した。 海の中央に、小さな白いものが写っている。 さらに拡大する。 それは―― 白い服を着た女だった。 そして写真の端には、もう一人。 昨夜の男自身が写っていた。 海を見ながら立っている自分の背後に、女がぴったりと寄り添っていた。 その顔には、目も鼻もなかった。 ただ、男の耳元で何かを囁いているように見えた。 男はすぐに写真を削除した。 しかし―― 削除したはずの写真は、数分後に再びスマートフォンに現れた。 今度の写真には、海岸は写っていなかった。 暗い部屋の中。 眠っている男のベッド。 そして、その枕元に立つ白い女。 写真の下には、見覚え...

地球岬――海から聞こえる声

北海道・室蘭市にある地球岬。 断崖の上から見渡す海はどこまでも広く、晴れた日には水平線がきれいに見える。 けれど、地元では昔から、こんな話が囁かれていた。 「夕暮れ時、岬の先で海を見続けてはいけない」 ある夏の夕方、一人の男が地球岬を訪れた。 観光客の姿も少なくなった午後七時頃。 男は展望台から海を眺めながら、スマートフォンで写真を撮っていた。 そのときだった。 「……おーい」 背後から、誰かの声がした。 振り返る。 誰もいない。 気のせいだと思い、再び海へ目を向けた。 すると――。 「……おーい」 今度は、海のほうから聞こえた。 男は耳を疑った。 断崖の下には、荒い波が打ち寄せている。 人の姿など見えるはずがない。 それでも確かに、海面のあたりから声が聞こえていた。 「……こっち……」 男は身を乗り出して海を見下ろした。 その瞬間。 海面に、一人の人影が立っているのが見えた。 白い服を着た誰かが、波の上に立っている。 そして、こちらを見上げている。 男は慌てて後ろへ下がった。 するとスマートフォンが突然震えた。 画面には、今撮ったばかりの写真が表示されていた。 そこには、岬と海が写っている。 しかし――。 写真の中央に、見知らぬ女性が立っていた。 しかも、その女性は海の上ではなく、 男のすぐ後ろに立っていた。 男は恐ろしくなり、走って駐車場へ向かった。 車に乗り込み、エンジンをかける。 そしてバックミラーを見た。 誰もいない。 ほっとした、その瞬間。 後部座席から声がした。 「……どうして帰るの?」 男は凍りついた。 ゆっくり振り返る。 そこには誰もいない。 ただ、濡れた座席だけがあった。 そして窓には、内側から水滴が流れていた。 その水滴は、まるで指で文字を書いたように、 こう並んでいた。 「また海を見に来てね」 男は二度と地球岬を訪れなかった。 しかし数年後。 彼が当時撮影した写真を友人が見つけた。 写真には、岬の先に立つ男の姿。 その背後には、白い服の女性。 そしてさらにその後ろ――。 海の中から、何十本もの白い手が伸びていた。 その手はすべて、 地球岬の上にいる男を指差していた。

北海道の青い屋根の家

その町には、一軒だけ妙に目立つ家があった。 古びた木造の家なのに、屋根だけが鮮やかな青色をしている。 近所の人たちは、いつからそこに建っているのか誰も知らなかった。 ただ、昔から一つだけ、妙な噂があった。 「あの家の屋根を、夜に見ちゃいけない」 ある夏の夜、私は友人と車でその家の前を通った。 時計は午前一時を過ぎていた。 街灯の少ない道の先に、青い屋根がぼんやり浮かんでいる。 「……あれ、まだ人住んでるのかな?」 そう言って友人が車を止めた。 家の窓はすべて真っ暗だった。 ところが、よく見ると二階の窓だけ、薄暗い明かりが漏れている。 「誰かいるんじゃない?」 私がそう言った瞬間だった。 二階の窓に、人影が立った。 白い服を着た女のように見えた。 じっとこちらを見ている。 「やばい、行こう」 友人が車を発進させた。 そのとき―― 車の後部座席から、 コン、コン、コン…… と、窓を叩く音がした。 私たちは凍りついた。 後ろには誰も乗っていない。 それでも音は続く。 コン、コン、コン。 やがて音は止まった。 少し安心して、私はバックミラーを見た。 すると、そこに―― 青い屋根の家が映っていた。 おかしい。 車はもう、かなり離れた場所を走っている。 それなのに、家だけがずっと後ろにある。 そして二階の窓には、さっきの女が立っていた。 ただ一つ違っていた。 今度は女が、こちらを見ていなかった。 私の隣を見ていた。 恐る恐る横を見る。 そこには誰もいない。 その瞬間、耳元で女の声がした。 「……屋根、見たでしょう?」 翌朝、私たちは車を確認した。 後部座席の窓には、内側から指でなぞったような跡が残っていた。 そして、その跡の下に―― 青いペンキで、小さく文字が書かれていた。 「次は、家の中から見てね」 それ以来、私たちは二度とその道を通っていない。 ただ、不思議なことが一つある。 あの夜から何年経っても、私の夢には必ずあの青い屋根が出てくる。 そして夢の中ではいつも、 二階の窓から誰かがこちらを見ている。 最近になって、ようやく気づいた。 夢の中で、窓の女が立っている場所は―― 二階ではなかった。 私の部屋の窓だった。

雄別炭鉱――地下から聞こえる声

北海道の山奥に、かつて巨大な炭鉱町があった。 そこには炭鉱住宅、病院、学校、商店街まであり、最盛期には多くの人々が暮らしていたという。 しかし炭鉱が閉山すると、町は急速に姿を消していった。 人のいなくなった建物だけが、山の中に取り残された。 ある夏の夜、二人の若者が雄別炭鉱跡を訪れた。 「本当に何もないな……」 懐中電灯で周囲を照らしながら歩いていると、突然、遠くから金属を叩くような音が聞こえた。 ――カン……カン……カン…… 「何の音だ?」 二人は立ち止まった。 音は、廃墟となった建物の奥から聞こえてくる。 誰かがいるのかと思い、二人は慎重に近づいていった。 すると、建物の暗闇の中から、 「……おーい」 小さな声が聞こえた。 二人は顔を見合わせた。 「誰かいるんですか?」 返事はない。 だが、その直後―― ――カン……カン……カン…… また金属音が響いた。 そして今度は、はっきりと声が聞こえた。 「まだ……仕事が終わってない……」 二人は恐ろしくなり、その場から逃げようとした。 その瞬間、後ろから、 「待ってくれ」 と声がした。 振り返る。 そこには誰もいない。 しかし、地面には黒い足跡が続いていた。 まるで、誰かが炭で汚れた靴のまま、二人の後ろを歩いてきたかのように。 足跡は廃墟の奥へ続いている。 そして、その先には古びた坑口があった。 二人がライトを向けると、坑口の暗闇から大量の冷たい空気が流れてきた。 その瞬間だった。 地下から、何人もの声が重なって聞こえた。 「交代の時間だ」 「まだ人がいるぞ」 「早く来い」 二人は無我夢中で走った。 振り返ることはできなかった。 山道を下り、車まで戻ってエンジンをかける。 そのとき、一人が何気なく後部座席を見た。 誰も乗っていない。 ……はずだった。 窓ガラスには、黒い手形がいくつも付いていた。 そして、車を走らせ始めた直後。 後ろから、 ――カン……カン……カン…… と、あの金属音が聞こえた。 翌朝、二人は車を確認した。 黒い手形は消えていた。 だが、後部座席の足元には、見覚えのない黒い石が一つ落ちていた。 石を拾った瞬間、耳元で小さな声がした。 「……今日も仕事だぞ」 二人は二度と雄別炭鉱跡へ行かなかったという。 今でも、あの山では夜になると、誰もいないはずの場所から、 ――カン……カン……カン…… と、炭鉱で働いて...

円形校舎廃墟・沼東小学校――赤いランドセルの少女

北海道美唄市。 かつて炭鉱で栄え、多くの人々が暮らしていた我路地区に、一風変わった小学校がありました。 その名は、沼東小学校。 1959年から翌年にかけて建てられた円形校舎は、全国的にも珍しい造りで、かつては多くの子どもたちの声が響いていました。 しかし、炭鉱の閉山とともに町の人口は減少。 そして1974年、学校はその長い歴史に幕を下ろしました。 時が流れ、校舎は人の気配を失っていきました。 窓は割れ、壁は黒ずみ、周囲には草木が生い茂る。 昼間でさえ、どこか時間が止まったような場所。 そして、いつしかこの場所には、こんな噂が囁かれるようになりました。 「夜の校舎に、赤いランドセルを背負った女の子が現れる」 その少女は、かつて沼東小学校に通っていた子どもだという。 ある日の授業中。 先生が黒板に文字を書いていると、教室の後ろから小さな声が聞こえた。 「先生……」 先生が振り返る。 しかし、そこには誰もいない。 ただ、少女の机だけが残されていた。 「○○ちゃんは?」 先生が尋ねると、クラスメートたちは不思議そうな顔をした。 「さっきまで、そこにいたよ」 「休み時間に廊下へ出ていったんじゃない?」 ところが、少女はどこにもいませんでした。 校舎中を探しても見つからない。 外にもいない。 大人たちが周辺を探しても、少女の姿は見つからなかった。 やがて、この出来事は「神隠し」と呼ばれるようになった――。 もちろん、この少女の失踪が実際に起きたと裏付ける公的な資料は確認されていません。 それでも、この噂は長い年月をかけて広がり続けました。 そして、ある夜。 数人の若者が肝試しのため、廃校となった円形校舎を訪れた。 懐中電灯の明かりだけを頼りに、暗い校舎へ入っていく。 ギィ……。 古びた扉が軋む。 「本当に何か出るのかな」 誰かが笑った。 その瞬間だった。 廊下の奥から、 コツ…… コツ…… と、小さな足音が聞こえた。 全員が黙り込む。 コツ…… コツ…… 音は少しずつ近づいてくる。 しかし、廊下には誰もいない。 「風じゃない?」 そう言って、一人が懐中電灯を向けた。 すると―― 廊下の端に、小さな女の子が立っていた。 白い服。 長い髪。 そして、背中には赤いランドセル。 少女はこちらを見ている。 顔はよく見えない。 「……誰?」 一人が声をかけた。 少女は答えなかった。 ただ、...

平和の滝――滝の音に混じる女の声

札幌市西区。 山へと続く道を進んだ先に、「平和の滝」と呼ばれる場所があります。 昼間は自然に囲まれた静かな場所ですが、夜になると雰囲気は一変します。 昔から、この周辺では奇妙な噂が語られていました。 「夜、滝の近くで女性の声を聞いた」 「誰もいない場所で、人の気配を感じた」 そして、最も恐ろしい噂。 ――滝の近くで名前を呼ばれても、決して振り返ってはいけない。 ある夏の夜。 一人の男性が、その噂を確かめるため平和の滝を訪れました。 時計は午後11時30分。 車を停めると、周囲には街灯もほとんどありません。 聞こえてくるのは、滝から流れ落ちる水の音だけ。 ザァァァ……。 男性はスマートフォンのライトを頼りに、ゆっくりと滝へ向かいました。 すると、途中で妙なことに気がつきます。 さっきまで聞こえていた虫の声が、突然なくなったのです。 森の中が、異様なほど静かになりました。 「……誰かいるのか?」 男性が声をかけました。 返事はありません。 そのまま歩いていると、滝が見えてきました。 白い水が暗闇の中へ落ちています。 ザァァァ……。 男性は滝を撮影しようと、スマートフォンを構えました。 その瞬間。 「……ねぇ」 女性の声がしました。 男性は振り返りました。 しかし、誰もいません。 「……空耳か」 そう思って再び滝を見ると、 スマートフォンの画面に、一瞬だけ人影が映りました。 滝の横。 長い髪の女性が立っているように見えます。 男性は驚いて振り返りました。 ――やはり、誰もいません。 ところが。 「……こっち……」 今度は、はっきり聞こえました。 声は滝の裏側から聞こえてきます。 男性は怖くなり、帰ろうとしました。 その時でした。 「……待って」 背後から女性の声。 男性は動きを止めました。 そして、ゆっくりと振り返ろうとした、その瞬間―― スマートフォンのライトが突然消えました。 真っ暗です。 滝の音だけが響いています。 ザァァァ……。 男性は慌ててスマートフォンを操作しました。 しかし、画面は真っ黒。 その時。 耳元で、女性が囁きました。 「……どうして振り返ったの?」 男性は凍りつきました。 自分はまだ振り返っていない。 それなのに―― 「振り返った」という。 男性は目を閉じ、そのまま走り出しました。 木の枝に何度もぶつかりながら、必死に来た道を戻ります。 そして、よ...

常紋トンネル――闇の中から聞こえる声

  北海道、北見市と遠軽町の境にある常紋峠。 かつてここには、山を貫く一本の鉄道トンネルがありました。 その名は――常紋トンネル。 昼間でさえ薄暗く、周囲には深い森が広がっています。 そして、このトンネルには昔から、ある恐ろしい噂が語り継がれていました。 「夜になると、トンネルの中から人の声が聞こえる」 そんな話です。 ある夏の夜、私はその噂を確かめるため、常紋峠を訪れました。 時計は、午後11時を回っていました。 車のエンジンを止めると、周囲は一瞬で静寂に包まれました。 聞こえるのは、森を抜ける風の音だけ。 懐中電灯を手に、私はゆっくりとトンネルへ近づいていきました。 入り口に立った瞬間、不思議な感覚に襲われました。 まるで、トンネルの奥からこちらを見ている誰かがいるような――。 「気のせいだ」 そう自分に言い聞かせ、私は中へ進みました。 数十メートル歩いたところで、 「……カン……カン……」 どこからか、金属を叩くような音が聞こえました。 私は足を止めました。 音も止まりました。 さらに一歩進む。 すると―― 「……カン……カン……カン……」 今度は、さっきよりはっきり聞こえます。 誰かが、トンネルの奥で何かを叩いている。 そう思った瞬間でした。 「……たすけて……」 小さな声が聞こえました。 私は息をのみました。 空耳だと思い、耳を澄ませます。 すると今度は、はっきりと聞こえました。 「……ここから……出して……」 声は、トンネルの奥から聞こえてきます。 私は怖くなり、引き返そうとしました。 その瞬間。 背後から―― 「……まだ……帰るな……」 低い男の声がしました。 振り返ります。 しかし、そこには誰もいません。 懐中電灯で周囲を照らしても、人影はありません。 ただ、暗闇だけが広がっています。 私は急いで出口へ向かいました。 ところが、走り始めた直後。 前方から、何かが近づいてくる音が聞こえました。 ザッ……ザッ……ザッ…… まるで、誰かがこちらへ歩いてくるような音。 私は立ち止まりました。 そして、暗闇の中に懐中電灯を向けました。 何もいません。 それでも足音だけは、確実に近づいてきます。 ザッ……ザッ……ザッ…… そして―― 私のすぐ目の前で、足音が止まりました。 静寂。 次の瞬間、耳元で声がしました。 「……仕事に戻れ……」 私は反射的に走り出...