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眉山山頂――展望台の向こう側

徳島市の中心部から見える眉山。 昼間は観光客も多く、山頂からは徳島の街並みを一望できる、よく知られた場所だ。 けれど、夜になると雰囲気が一変する。 これは、数年前の秋に、友人と二人で眉山山頂へ行った男性から聞いた話だ。 その日は夜遅くまで飲んでいた。 店を出たのは午前一時を過ぎた頃。 「ちょっと山の上から夜景を見て帰ろうぜ」 友人にそう誘われ、車で眉山を上った。 山頂に近づくにつれ、街の明かりが少なくなっていく。 やがて展望台付近に到着した。 駐車場には、ほとんど車がなかった。 「さすがにこの時間だと誰もいないな」 そう言って二人で車を降りた。 空気は冷たく、山の中は異様なほど静かだった。 虫の声すら聞こえない。 展望台へ向かって歩いていると、友人が突然立ち止まった。 「……あれ、誰かいる」 指差した先には、展望台の端に人影があった。 暗くて顔までは見えない。 ただ、じっと徳島市街の方を見下ろしている。 「こんな時間に?」 二人は少し警戒しながら近づいた。 すると、人影はゆっくり振り返った。 ――だが、顔が見えない。 髪の毛で顔を覆っているわけでもない。 街灯の光が当たっているのに、そこだけ黒く塗りつぶされたように見えた。 「……帰ろう」 友人が小さな声で言った。 二人はその場から離れ、駐車場へ戻った。 そして車に乗り込んだ。 エンジンをかけようとした、その瞬間だった。 コン…… 車の後ろから音がした。 「今の何?」 二人とも黙った。 コン……コン…… 今度ははっきり聞こえた。 誰かが車の後部を、指で軽く叩いている。 男性は恐る恐るバックミラーを見た。 何もいない。 「……気のせいだろ」 そう言ってエンジンをかけ、車を発進させた。 山道を下り始めて数分。 友人が突然、 「ちょっと待って」 と言った。 「どうした?」 「後ろ……」 男性がルームミラーを見る。 後部座席には誰もいない。 「何もいないだろ」 そう言うと、友人は震えた声で答えた。 「違う……後ろの窓」 二人は同時に振り返った。 後部座席の窓。 そこに―― 手の跡がいくつも付いていた。 外側からではない。 車内側から、ガラスを押さえつけたような手形だった。 しかも、その手形は一つではなかった。 小さな手。 大きな手。 指の長い手。 何人もの人間が、後部座席から窓に手をついているようだった。 「止めるな」 友人...

眉山ドライブウェイ――バックミラーに映ったもの

それは、まだ夏の暑さが残っていた頃の話だった。 仕事を終えた私は、友人と二人で夜のドライブに出かけた。 特に目的地があったわけではない。 「久しぶりに眉山でも上ってみるか」 友人がそう言ったので、徳島市内から眉山ドライブウェイへ向かった。 時刻は午後十一時を過ぎていた。 山道に入ると、街の明かりが少しずつ遠ざかっていく。 窓を開けると、夏なのに山の空気はひんやりしていた。 車のヘッドライトだけが、暗い道路を細長く照らしている。 カーブを一つ曲がったところで、友人が突然、 「……今、誰かいた?」 と言った。 「え?」 私は前を見た。 道路には誰もいない。 「何が?」 「いや……今、道路の端に立ってたように見えた」 「人?」 「たぶん」 そう言いながらも、友人は少し気味悪そうにしていた。 私は気のせいだと思った。 木の影か、標識か何かを人と見間違えたのだろう。 そのまま車を走らせた。 しばらくすると、道路脇に白いガードレールが見えてきた。 その先には、街の明かりが広がっていた。 せっかくだから夜景を見ようと、少し先の展望できそうな場所で車を停めた。 エンジンを切る。 車内が急に静かになった。 遠くに徳島市街の明かりが見える。 「やっぱり夜に来ると綺麗だな」 私がそう言うと、友人は返事をしなかった。 「どうした?」 「……後ろ、見てみ」 「何が?」 友人は振り返らず、バックミラーを指差した。 私は何気なくミラーを見た。 後部座席には、もちろん誰もいない。 だが―― ミラーの端に、白っぽいものが映っていた。 一瞬、人の顔のように見えた。 私は反射的に振り返った。 当然、そこには何もない。 「何もいないぞ」 そう言って前を向いた瞬間だった。 車の後ろから、 コン…… と、小さな音がした。 二人とも黙った。 また、 コン…… 今度は、はっきり聞こえた。 まるで誰かが車の後部を指で叩いているような音だった。 「……動物かな」 友人が小さな声で言った。 私はエンジンをかけた。 そして、その場を離れることにした。 山を下り始めてすぐだった。 友人がバックミラーを見ながら、 「……まだいる」 と言った。 「何が?」 「さっきの……白い人」 私はミラーを見た。 何もいない。 「どこに?」 「今、カーブのところ……」 私はブレーキを踏みかけた。 しかし、友人が突然、 「止まらないで!」 と...

眉山――振り返ってはいけない山道

徳島市の中心部から見える眉山。 昼間は観光客も多く、山頂からは徳島の街並みを一望できる場所として知られている。 しかし、夜になると雰囲気は一変する。 これは、ある男性が数年前、眉山の山道で体験したという話だ。 その男性は、友人と二人で車に乗り、夜の眉山へ向かった。 時刻は午前0時を少し過ぎていた。 「せっかくだし、山頂まで行ってみようぜ」 軽い気持ちだった。 街の明かりが少しずつ遠ざかり、車は暗い山道へ入っていった。 しばらくすると、車内の会話が自然と減っていった。 カーブを曲がるたびに、ヘッドライトに照らされるのは木々ばかり。 そして、ある場所を通り過ぎた瞬間だった。 助手席にいた友人が、突然つぶやいた。 「……今、誰かいた?」 男性は笑った。 「どこに?」 「道路の端。白い服の人」 そう言われてバックミラーを見る。 だが、後ろには誰もいない。 「見間違いだろ」 そう言って車を走らせた。 ところが、それから数分後。 カーナビの画面が突然消えた。 電源を入れ直しても反応しない。 スマートフォンも圏外になっていた。 そして車内の温度が、急に下がった。 エアコンを切っているのに、二人の吐く息が白く見えるほどだった。 そのとき―― 後部座席から、 「コン……」 と、小さな音がした。 二人とも黙った。 「……何の音?」 「知らない」 また、 コン…… 今度は、はっきり聞こえた。 まるで誰かが、車の内側から窓を叩いているような音だった。 男性は恐る恐るバックミラーを見た。 後部座席には誰もいない。 だが、窓ガラスに異変があった。 外側からではない。 車内側のガラスに、指でなぞったような跡が残っていた。 そこには、一本の線がゆっくり伸びていた。 まるで誰かが、 「こっちを見ろ」 と書こうとしているように。 友人が震えた声で言った。 「もう帰ろう」 男性はすぐに車をUターンさせた。 しかし、来た道を戻っているはずなのに、なぜか同じカーブに何度も差しかかった。 そして三度目。 道路脇に、白い服の人影が立っていた。 今度は二人とも見た。 その人物は背中を向けて立っている。 顔は見えない。 男性は速度を落とさず、その横を通り過ぎた。 その瞬間―― 後部座席から、 「……やっと来た」 という声が聞こえた。 二人は凍りついた。 その声は、明らかに車の中から聞こえた。 男性は絶対に振り返らな...

御坊川原――「それから?」と聞く声

夜の御坊川原は、昼間とはまるで違っていた。 高松の街中にある公園。 遊具もあり、ベンチもある。 けれど、夜になると人の気配がほとんどなくなり、御坊川の水が流れる音だけが妙に大きく聞こえる。 ある夏の夜、私は一人で御坊川原を訪れた。 心霊スポットだということは知っていた。 ここは、かつて処刑場だったと伝えられている場所。 さらに、隠れキリシタンが処刑された場所だったという話も残っている。 とはいえ、現在は公園として整備されている。 「こんな普通の公園が、本当に怖いのか?」 そう思いながら、川沿いのベンチに腰を下ろした。 その瞬間だった。 ――ザァ……。 風が吹いた。 しかし、不思議だった。 周囲の木々はほとんど揺れていない。 それなのに、私の耳元だけを狙ったように風が通り過ぎた。 そして、その風の中に―― 「……お話して」 小さな声が混じった。 私は反射的に顔を上げた。 誰もいない。 公園の奥にも、川沿いにも人影はない。 「今……誰かいた?」 立ち上がって辺りを見回した。 すると、川の向こう側にある暗がりから、 カタン……。 何かが動いた音がした。 怖くなり、スマートフォンのライトを向ける。 そこには誰もいなかった。 私は帰ろうとした。 だが、数歩歩いたところで、背後から再び声がした。 「……それから?」 今度は、はっきり聞こえた。 私は振り返った。 そして―― ベンチに、女が座っていた。 長い髪。 俯いた顔。 白っぽい服。 街灯が届かない場所なのに、その姿だけが妙にはっきり見えた。 「……誰ですか?」 そう尋ねると、女はゆっくり顔を上げた。 顔が見えた。 だが、目だけがおかしかった。 こちらを見ている。 それなのに、まるで私ではない誰かを見ているようだった。 女が口を開く。 「それから……?」 私は何も答えられなかった。 すると女は立ち上がった。 一歩。 また一歩。 こちらへ近づいてくる。 その足音はしなかった。 ただ、距離だけが少しずつ縮まっていく。 そして女が私の目の前まで来た瞬間―― 耳元で囁いた。 「……まだ終わってないよ」 その瞬間、御坊川の水音が突然消えた。 車の音も。 虫の声も。 何も聞こえない。 完全な無音だった。 私は恐怖で動けなくなった。 すると、川のほうから、 ――ザブン。 水に何かが入ったような音がした。 続いて、 ――ザブン。 ――ザブン。...

成合自販機前公衆電話ボックス――鳴ってはいけない電話

深夜、成合にある自動販売機の前を、一人の男性が車で通りかかった。 喉が渇いたため、車を停めて飲み物を買おうと外へ出る。 辺りは静まり返っていた。 自動販売機の明かりだけが、暗い道路をぼんやり照らしている。 そのすぐ横に、古い公衆電話ボックスがあった。 今ではほとんど使われなくなった公衆電話。 男性は何気なく中を覗いた。 受話器はきちんと置かれている。 電話機にも特に変わったところはない。 ところが―― その瞬間だった。 「……プルルル……」 突然、電話が鳴った。 男性は思わず立ち止まった。 こんな時間に、誰が公衆電話へ電話をかけるのか。 不思議に思いながらも、しばらく様子を見ていた。 「プルルル……」 電話は鳴り続ける。 周囲には誰もいない。 男性は迷った末、受話器を取った。 「……もしもし?」 返事はない。 ただ、 「……ザー……」 という小さな雑音が聞こえるだけだった。 切ろうとした、その時。 受話器の向こうから、かすかな声がした。 「……そこに……いる?」 男性の背筋が凍った。 声は、どこか遠くから聞こえてくるようだった。 「誰ですか?」 そう尋ねても返事はない。 すると突然、 「……後ろ……」 とだけ聞こえた。 男性は振り返らなかった。 怖くて、振り返ることができなかった。 そのまま受話器を置こうとした瞬間―― 「ガチャッ」 背後から、何かが公衆電話ボックスのガラスを叩いた。 男性は反射的に振り返った。 しかし、誰もいない。 外には自動販売機と暗い道路があるだけだった。 急いで受話器を戻し、車へ向かおうとした。 その時だった。 公衆電話が、もう一度鳴った。 「プルルル……」 男性は足を止めた。 さっきまで確かに受話器を置いた。 なのに、電話は鳴っている。 しかも今度は―― ボックスの外からではなく、 自分のポケットの中からだった。 恐る恐るスマートフォンを取り出す。 画面には、見覚えのない番号が表示されていた。 着信に出る。 「……もしもし?」 すると、 受話器から聞こえたのと同じ声がした。 「……今、後ろにいるよ」 男性は、そこで初めて振り返った。 公衆電話ボックスの中に―― 自分と同じように電話を持った男が立っていた。 顔は見えない。 ただ、その男はじっとこちらを見ている。 そして、ゆっくり受話器を耳から離すと、 「……やっと、見つけた」 そう呟いた。 ...

高松いろは市場跡――消えない焦げ臭さ

深夜の高松市。 人通りが途絶えたトキワ街を、一人の男が歩いていた。 仕事帰りだった。 時計を見ると、午前一時を少し過ぎている。 男は近道をするため、かつて高松いろは市場があった場所の前を通った。 昼間なら、何の変哲もない街の一角だった。 しかし、夜になると妙に静かだった。 男が市場跡の前を通り過ぎようとした、そのとき―― 「……焦げ臭い」 突然、鼻を刺すような匂いがした。 何かが燃えている。 そう思って辺りを見回した。 だが、火はどこにもない。 煙もない。 男は気のせいだと思い、そのまま歩き始めた。 ところが―― 「……熱い」 今度は首筋に、はっきりと熱を感じた。 まるで誰かが、すぐ後ろから息を吹きかけているようだった。 男は振り返った。 誰もいない。 それでも、なぜか足音が聞こえた。 ペタ…… ペタ…… 濡れた靴で歩くような音。 男が歩けば、後ろからも歩く。 男が止まれば―― 足音も止まる。 「……誰?」 恐る恐る振り返る。 やはり誰もいない。 その瞬間だった。 市場跡の奥から、 「助けて……」 という声が聞こえた。 男は凍りついた。 女性の声だった。 だが、その声には普通ではない違和感があった。 まるで、遠い昔の場所から聞こえてくるような声だった。 「助けて……」 もう一度。 今度は、はっきり聞こえた。 男が声のした方向を見る。 すると、暗闇の中に―― 人影が立っていた。 全身が黒く見える。 顔も見えない。 ただ、その人物の周囲だけ、空気が揺らいでいる。 男は一歩後ずさった。 その瞬間、人影が顔を上げた。 そして―― 「熱い……」 小さな声で呟いた。 男の背中に冷たい汗が流れた。 次の瞬間。 周囲から一斉に、 「熱い」 「苦しい」 「助けて」 という声が聞こえ始めた。 一人ではない。 二人でもない。 何人もの声だった。 男は夢中でその場から逃げ出した。 振り返ることはできなかった。 ただ背後から、 ペタ…… ペタ…… ペタ…… と、濡れた足音が追いかけてくる。 そして市場跡から離れ、明るい通りに出た瞬間―― すべての音が消えた。 男は荒い息をしながら、ゆっくり振り返った。 そこには誰もいなかった。 ただ―― 鼻の奥に、あの焦げ臭さだけが残っていた。 その後、男は二度と市場跡の前を通らなくなった。 そして数日後。 スマートフォンに残っていた、あの日の写真を整理して...

牟礼病院――誰もいない病室

午前二時過ぎ。 友人と二人で、山あいにある古い病院跡を訪れた。 そこは、かつて「牟礼病院」と呼ばれていた場所だった。 昼間に見ると、ただ古びた建物にしか見えない。 しかし夜になると、割れた窓や黒ずんだ壁が妙に不気味に浮かび上がる。 「本当に入るの?」 友人が小さな声で聞いた。 私は笑って答えた。 「ちょっと見るだけだよ」 懐中電灯を点け、建物の中へ入った。 廊下には、古い診察室が並んでいた。 床にはガラス片が散らばり、壁には剥がれかけた案内板が残っている。 奥へ進んでいくと、二階へ続く階段があった。 そのときだった。 ――カタン。 上から、何かが落ちたような音がした。 二人で顔を見合わせる。 「誰かいる?」 返事はない。 それでも気になり、階段を上がった。 二階には病室がいくつも並んでいた。 一番奥の病室だけ、なぜかドアが少し開いている。 近づいた瞬間、 「……まだ、いる?」 女の声がした。 私は立ち止まった。 声は、病室の中から聞こえた。 友人が私の腕をつかむ。 「今、聞こえたよな?」 私は黙って頷いた。 恐る恐る懐中電灯を中へ向ける。 誰もいない。 ベッドもない。 ただ、古びた壁と床があるだけだった。 「空耳だろ」 そう言って戻ろうとした。 その瞬間―― 病室の奥から、 コツ……コツ…… と音がした。 まるで誰かが、裸足で床を歩いているような音だった。 音は少しずつ近づいてくる。 コツ…… コツ…… コツ…… しかし、懐中電灯で照らしても何も見えない。 そして音が、私たちの目の前で止まった。 「……誰もいないよな?」 友人が震える声で言った。 その直後。 耳元で、 「いるよ」 と囁かれた。 二人とも一瞬で廊下へ飛び出した。 階段を駆け下り、建物の外へ逃げる。 車に乗り込んでからも、しばらく二人とも何も話せなかった。 ようやく落ち着いた頃、友人がスマートフォンを取り出した。 「……これ、見てみろ」 そこには、さっき撮った病室の写真が映っていた。 私たちが誰もいないと思っていた病室。 その写真の奥。 壁際に、ぼんやりと人影が写っていた。 白い服を着た人間のように見える。 そして、その顔だけが―― こちらを向いていた。 さらに恐ろしかったのは、その写真を撮った時間だった。 画面には、 午前2時17分 と表示されている。 私たちが病室から逃げ出したのは、午前2時20分。...