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森林公園前の旧ラーメン店跡――閉店後も残る匂い

その店がいつ閉店したのか、正確に知っている人は少なかった。 森林公園へ向かう道路沿いに、古びたラーメン店の建物だけが残っていた。 看板は外され、窓は板で塞がれている。 昼間に見れば、ただの古い空き店舗だった。 ところが、夜になると妙な噂があった。 「あの前を通ると、ラーメンの匂いがする」 そう言う人が何人もいた。 もちろん、店は何年も営業していない。 だから誰も、本気にはしていなかった。 ある夜、友人と二人で森林公園から帰っていた。 時間は午前零時を少し過ぎた頃。 車で旧ラーメン店の前を通った瞬間、車内に突然、強烈な豚骨スープの匂いが広がった。 「……今、ラーメンの匂いしなかった?」 友人が言った。 「した」 窓は全部閉めていた。 それなのに、まるで目の前でラーメンを作っているような、濃い匂いだった。 気になって、少し先で車を停めた。 そして二人で歩いて店の前まで戻った。 真っ暗だった。 入口にはチェーンが掛かっている。 当然、人の気配などない。 ところが―― 店の奥から、小さな音が聞こえた。 カチャ…… カチャ…… 何か金属製の器を触っているような音だった。 友人が小声で言った。 「……誰かいるんじゃないか?」 警察を呼ぶほどではない。 そう思った俺たちは、入口から中を覗いた。 板で塞がれた窓の隙間から、店内がわずかに見えた。 厨房には何もない。 ただ、古いカウンターだけが残っている。 そのときだった。 厨房の奥から、 「……いらっしゃい」 と、男の声がした。 二人とも動けなくなった。 店内には誰もいない。 それなのに、確かに聞こえた。 そして次の瞬間―― 厨房の奥で、何かが倒れた。 ガシャン! 友人が慌てて俺の腕を掴んだ。 「帰ろう」 その声が震えていた。 俺も何も言わず、車へ戻った。 ところが、エンジンをかけても車内にはまだ、あのラーメンの匂いが残っていた。 しかも今度は、さっきより濃い。 鼻の奥にこびりつくような匂いだった。 急いで車を走らせ、森林公園前を離れた。 しばらくして、ようやく匂いが消えた。 友人は何も言わなかった。 だが、自宅に帰った翌朝。 スマートフォンに一枚の写真が残っていた。 撮った覚えのない写真だった。 旧ラーメン店の入口を撮影したものだった。 そして、その写真の奥。 真っ暗な店内のカウンター席に―― 一人の客が座っていた。 顔は見えない...

多布施踏切高架下――そこにいるはずのない人

佐賀市内にある多布施踏切。 昼間は車や人の往来も多く、特別に不気味な場所には見えない。 しかし、夜になると高架下の一角だけ、妙に空気が重く感じられることがあるという。 これは、ある男性が深夜にこの場所を通ったときの話だ。 その男性は仕事帰り、いつものように車を運転していた。 時刻は午前一時を少し過ぎた頃だった。 人通りはほとんどなく、街灯の明かりもまばらだった。 多布施踏切の近くまで来たところで、信号が赤になった。 男性は車を止め、何気なく高架下の暗がりを見た。 すると、そこに一人の男が立っていた。 黒っぽい服を着て、こちらに背を向けている。 こんな時間に何をしているのだろう。 そう思ったものの、男性は気にしなかった。 ところが、信号が青になって車を発進させた瞬間だった。 ルームミラーに、その男の姿が映った。 さっきまで高架下に立っていたはずなのに、男は車のすぐ後ろに立っていた。 男性は驚いてブレーキを踏んだ。 だが、後ろには誰もいない。 「見間違いか……」 そう呟いて、再び車を走らせた。 それから数分後。 赤信号で止まったとき、後部座席から、 「コン……」 と、小さな音がした。 男性は振り返った。 誰もいない。 また、 「コン……コン……」 今度は明らかに、車の内側から聞こえた。 まるで誰かが、後部座席の窓を指で叩いているようだった。 男性は恐ろしくなり、車を路肩に止めた。 そして後部座席を確認した。 もちろん、誰もいない。 だが、座席の中央には、見覚えのない黒い泥のようなものが付いていた。 その瞬間、車内の空気が急に冷たくなった。 そして、耳元で小さな声がした。 「……まだ、いるよ」 男性は反射的に車から飛び出した。 道路脇に立って、震えながら車内を見る。 すると―― 後部座席の窓に、内側から手形がいくつも浮かび上がっていた。 一つ。 二つ。 三つ。 まるで車の中に何人もの人間がいて、外へ出ようとしているようだった。 男性は車に乗り込むことができず、その場から離れた。 翌朝、明るくなってから車を確認すると、手形はすべて消えていた。 ただ一つだけ、運転席の窓に残っていたものがあった。 それは、黒い指で書かれたような文字だった。 ――「ここじゃない」 男性には、その意味が分からなかった。 しかし数日後。 再び多布施踏切の近くを通ったとき、高架下に設置された柵の向こう...

能古島――夜のフェリーに乗っていた女

福岡市の姪浜から船で渡ることのできる能古島。 昼間は海と緑に囲まれた穏やかな島だが、夜になると人通りも少なくなり、街灯のない道では海と山の境目さえ分からなくなる。 これは、ある男性が能古島で体験したという話だ。 数年前の夏、私は友人二人と能古島へ遊びに行った。 昼間は海で遊び、夕方には島を散策した。 気がつけば、帰りのフェリーの時間が迫っていた。 「急がないと船なくなるぞ」 友人に言われ、私たちは港へ向かって歩き始めた。 ところが、途中で一人の友人がスマートフォンを落とした。 「先に行ってて。すぐ追いつくから」 そう言われ、私はもう一人の友人と先に港へ向かった。 その途中だった。 背後から、 「……待って」 と、女の声がした。 振り返ると、少し離れた道路脇に女が立っていた。 白っぽい服を着ていて、こちらをじっと見ている。 「観光客かな?」 そう思ったが、なぜか違和感があった。 女は、夜の島に一人で立っているのに、荷物も持っていない。 しかも、こちらへ近づいてくるわけでもない。 ただ、ずっと立っている。 私たちは気にせず歩き続けた。 すると、また背後から、 「待って……」 今度は、さっきより近かった。 怖くなって振り返る。 しかし、誰もいない。 「今、聞こえたよな?」 友人に聞くと、 「……聞こえた」 二人とも黙ったまま、歩く速度を上げた。 しばらくすると、港の明かりが見えてきた。 その瞬間、スマートフォンが鳴った。 落とした友人からだった。 「どこにいる?」 そう聞くと、 「まだ港。お前らこそどこにいるんだ?」 私は一瞬、意味が分からなかった。 「今、港に向かってるけど……」 すると友人は、 「いや、俺はもう港に着いてるぞ」 と言った。 時計を見ると、フェリーの出航まであと数分しかない。 私たちは急いで港へ走った。 そして、ようやく友人と合流した。 「お前ら、途中で女の人と一緒に歩いてなかった?」 友人が突然そう言った。 私は背筋が凍った。 「……なんで?」 「さっき遠くから見えたんだよ。お前らの後ろに、女の人が歩いてた」 「どこで?」 「港に来る途中」 私は何も言えなかった。 そして三人でフェリーに乗り込んだ。 船が島を離れ始める。 能古島の明かりが、少しずつ遠ざかっていく。 そのときだった。 友人が海を見ながら、 「……あれ、誰?」 と呟いた。 船の後方。 暗い...

百道浜――海から伸びる手

その日は、仕事が終わるのが遅かった。 時計を見ると、もう夜の十一時を過ぎていた。 帰る前に少しだけ海を見ようと思い、車を百道浜の近くに停めた。 昼間なら人の多い場所だ。 海沿いには明かりもあり、遠くには福岡タワーの光も見える。 ところが、深夜になると印象がまるで違った。 波の音だけが、やけに大きく聞こえる。 俺は車を降り、海の方へ歩いていった。 砂浜の手前で立ち止まり、何気なく海を眺めた。 そのときだった。 沖の暗闇に、何か白いものが浮かんでいるのが見えた。 最初は、波に浮かぶゴミだと思った。 しかし、それは波に流されるのではなく、ゆっくりと上下していた。 よく見る。 白いものが、一つ。 二つ。 三つ。 ――いや。 もっとある。 暗い海面から、白いものが何本も突き出していた。 まるで、人間の腕のようだった。 俺は息を止めた。 波が引く。 すると、それらは一斉に海の中へ沈んだ。 「……なんだ、今の」 自分に言い聞かせるように呟いた。 見間違いだ。 そう思って車へ戻ろうとした。 その瞬間。 背後から、 ザブ……。 と、水を踏むような音がした。 振り返る。 誰もいない。 砂浜にも、遊歩道にも、人影はなかった。 だが、もう一度海を見ると―― 今度は、はっきり見えた。 海面から、何本もの腕が伸びている。 手だけが、こちらを向いている。 指を広げたり、閉じたりしながら、まるで誰かを呼んでいるように揺れていた。 俺は怖くなって走り出した。 そのときだった。 背後から、 「……待って」 小さな声が聞こえた。 足が止まりそうになった。 振り返ってはいけない。 頭の中で、そう思った。 それでも恐怖に負けて、ほんの一瞬だけ振り返った。 誰もいない。 ただ、海だけが見える。 そして―― 砂浜に、濡れた手形が並んでいた。 一つ。 二つ。 三つ。 海から陸へ向かって、まっすぐ続いている。 俺は夢中で車まで戻った。 ドアを開け、急いで乗り込む。 エンジンをかけようとした、そのとき。 助手席の窓を、 コン。 と叩く音がした。 俺は固まった。 窓の外を見る。 誰もいない。 もう一度、 コン。 今度はさっきより強い。 恐る恐る助手席を見る。 窓には、外側から押しつけたような手形が一つついていた。 しかも、その手形は―― 濡れていた。 俺はアクセルを踏み、百道浜を離れた。 その後、二度と夜の海へ行くこと...

西公園――夜の展望台に立つ男

これは、福岡に住む知人から聞いた話だ。 その人は以前、仕事が終わったあとに車で西公園へ向かうことが何度かあったという。 昼間なら桜や博多湾の景色を楽しむ人も多い場所だが、深夜になると雰囲気が一変する。 街の明かりから少し離れた園内は思った以上に暗く、木々の間から見える空も黒かった。 ある日の夜、知人は一人で展望台まで歩いていった。 時間は午前一時を少し過ぎていた。 「こんな時間に誰もいないだろう」 そう思いながら階段を上っていると、上の方から声が聞こえた。 「……まだ来ないのか」 男の声だった。 知人は一瞬、足を止めた。 こんな時間に誰かいる。 しかも、誰かを待っているような言葉だった。 少し怖くなったものの、酔っ払いか、夜景を見に来た人だろうと思い、そのまま階段を上った。 そして展望台に出た。 誰もいなかった。 ベンチにも、柵の近くにも人影はない。 ただ、博多湾の向こうに街の明かりが見えていた。 「……気のせいか」 そう呟いた瞬間だった。 背後から、 「遅かったな」 と、はっきり声がした。 知人は振り返った。 そこには、一人の男が立っていた。 年齢はよく分からない。 暗い服を着ていて、顔も影になっている。 ただ、妙だった。 男は展望台の入口に立ったまま、こちらをじっと見ている。 「すみません……?」 知人が声をかけても返事はない。 男はしばらく黙っていたが、突然、海の方を指差した。 そして、 「まだ来てない」 と呟いた。 知人には意味が分からなかった。 その瞬間、海から強い風が吹いた。 木々が一斉に揺れ、展望台の周囲がざわざわと鳴った。 知人は反射的に目を閉じた。 そして風が止んだあと、もう一度男を見る。 ――いなかった。 「……?」 さっきまで確かにそこにいた。 入口まで走って確認したが、階段を下りていく音も聞こえない。 知人は急に怖くなり、急いで車へ戻った。 その日は何も起きなかった。 ところが翌朝、スマートフォンに一枚の写真が残っていることに気づいた。 昨夜、展望台で撮った覚えのない写真だった。 画面には、暗い博多湾が写っていた。 そして写真の端。 木々の間に、一人の男が立っている。 知人はその写真を見た瞬間、背筋が凍った。 男は、昨夜展望台で会った人物と同じ服を着ていた。 だが、それ以上におかしかった。 写真の中の男は、海ではなく―― カメラを持つ知人の方...

舞鶴公園――夜の石垣に立つ女

深夜の舞鶴公園は、昼間とはまるで別の場所に見える。 昼間なら、桜や木々に囲まれた福岡城跡を多くの人が歩いている。 しかし、日付が変わる頃になると、人の気配はほとんどなくなる。 その夜、仕事帰りの男性が一人で公園の中を歩いていた。 近道をするため、福岡城跡の石垣沿いを通っていたのだ。 街灯はある。 だが、石垣の向こう側は暗く、木々の隙間には何も見えない。 男性がしばらく歩いていると、 「……すみません」 背後から、女の声が聞こえた。 男性は足を止めた。 振り返る。 誰もいない。 気のせいだと思い、再び歩き始める。 すると、 「……待って」 今度は、さっきより近い。 男性はゆっくり振り返った。 すると、石垣のそばに女が立っていた。 白っぽい服を着ている。 顔は下を向いていて、髪が垂れているため表情は見えない。 男性は、 「大丈夫ですか?」 と声をかけた。 女は何も答えなかった。 ただ、ゆっくりと顔を上げた。 その瞬間、男性は息を呑んだ。 女の顔は青白く、目だけが異様に大きく見えた。 そして女は、男性ではなく、その後ろを見つめていた。 「……そこにいる」 小さな声だった。 男性が振り返る。 当然、誰もいない。 再び女を見る。 すると―― 女が消えていた。 代わりに、石垣の足元に濡れた跡が残っていた。 まるで、誰かが雨の中を裸足で歩いてきたような跡だった。 男性は怖くなり、その場から逃げるように公園を出た。 ところが、翌朝。 昨夜のことが気になった男性は、もう一度その場所を訪れた。 そして石垣の前で立ち止まった。 昨夜見た濡れた跡は、当然もう消えていた。 しかし、石垣には妙なものが残っていた。 人の手の跡だった。 しかも一つではない。 石垣のかなり高い位置まで、無数の手形が続いていた。 男性はその場を離れようとした。 そのとき―― 背後から、女の声がした。 「……昨日は、ひとりだったでしょう?」 男性の身体が凍りついた。 ゆっくり振り返る。 誰もいない。 だが、石垣の向こうから、 「……今日は、二人いる」 という声が聞こえた。 男性は走って逃げた。 後ろを振り返ることは、一度もしなかった。 その後、男性は二度と舞鶴公園の夜道を歩かなかった。 ただ、一つだけ気になることがあった。 あの夜、女が最初に言った、 「そこにいる」 という言葉。 後になって考えると―― 女は、男性の後...

大濠公園――水面に立つ人影

福岡市の中心部にある大濠公園。 昼間は多くの人が訪れ、池の周囲を散歩したり、ジョギングをしたりする穏やかな場所だ。 しかし、夜になると雰囲気が変わる。 これは、ある男性が深夜の大濠公園で体験したという話だ。 その男性は仕事帰り、気分転換のために大濠公園へ立ち寄った。 時刻は午前0時を少し過ぎていた。 園内にはほとんど人がおらず、街灯の明かりだけが遊歩道を照らしている。 男性は池の周りをゆっくり歩き始めた。 すると、しばらくして妙な違和感を覚えた。 「……誰かいる?」 池の中央付近に、人影のようなものが見えたのだ。 最初はボートか何かだと思った。 しかし、よく見ると違う。 暗い水面の上に、人が立っているように見える。 しかも、その人影は微動だにしない。 男性は立ち止まり、目を凝らした。 街灯の光が届かないため、顔までは見えない。 ただ、黒い人影だけが、水面の上にぽつんと浮かんでいる。 「こんな時間に……?」 そう思った瞬間だった。 水面に、波紋が広がった。 人影の足元からではない。 男性のすぐ目の前の水際からだった。 ――ポチャン。 小さな水音。 男性が振り返る。 だが、そこには誰もいない。 もう一度池を見る。 すると、さっきまで中央にいた人影が消えていた。 「……え?」 男性は急に怖くなり、帰ろうとした。 そのとき。 背後から、かすかな声が聞こえた。 「……寒い」 男性は凍りついた。 声は、すぐ後ろから聞こえた。 恐る恐る振り返る。 誰もいない。 ただ、遊歩道の先にある街灯が、ぼんやりと地面を照らしているだけだった。 男性は走ってその場を離れた。 ところが、出口へ向かっている途中で、また水音が聞こえた。 ――ポチャン。 今度は左側。 ――ポチャン。 右側。 ――ポチャン。 そして、前方。 まるで池の中から何かが近づいてきているようだった。 男性は振り返らず、そのまま走った。 ようやく公園を出て、自宅へ戻る。 玄関のドアを閉めた瞬間、スマートフォンが鳴った。 知らない番号だった。 怖くなった男性は出なかった。 すると、すぐに留守番電話へ切り替わった。 数秒後。 通知が表示された。 録音された時間は、電話が鳴った直後。 男性は迷った末、再生した。 最初は何...