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仁淀川河口大橋――橋の下から聞こえる声

高知県を流れる仁淀川。その河口付近に架かる大きな橋には、夜になると妙な噂がある。 これは、ある男性が友人と二人で深夜に橋を訪れたときの話だ。 その日は夏の終わりだった。 午前一時を過ぎ、車の通りもほとんどない時間帯に、二人は橋の上をゆっくり走っていた。 「さすがにこの時間は誰もいないな」 友人がそう言った直後だった。 橋の中央付近まで来たところで、車内に―― 「コン……」 と、小さな音が響いた。 二人は同時に後部座席を振り返った。 もちろん、誰もいない。 「何か落ちたんじゃない?」 そう言って再び前を向いた。 すると今度は、 「コン……コン……」 音は後部座席ではなく、車の外から聞こえてきた。 橋の欄干を何かで叩いているような音だった。 不思議に思った友人が速度を落とし、窓を少しだけ開けた。 その瞬間―― 「……たすけて」 かすかな声が聞こえた。 二人は凍りついた。 声は橋の下から聞こえたように思えた。 だが、こんな深夜に川へ下りている人間などいるはずがない。 「今、聞こえたよな?」 友人が震えた声で尋ねる。 男性は返事をしなかった。 そのまま車を走らせようとした。 ところが、アクセルを踏んでも車が妙に重い。 エンジンは動いている。 なのに、まるで後ろから何かに引っ張られているように、車が前へ進まない。 そして―― 「コン……コン……」 今度は車の後部ではなく、運転席側の窓から音がした。 二人が恐る恐る横を見る。 橋の欄干の向こう。 暗い川面を背景に、人影が立っていた。 顔は見えない。 ただ、こちらをじっと見ている。 男性が目をそらした瞬間、その人影が消えた。 「……今の、どこ行った?」 友人がそう呟いた。 その直後だった。 車の後部座席から、 「見つけた……」 という声がした。 二人とも振り返れなかった。 息を殺して前だけを見つめる。 すると今度は、後ろからゆっくりとシートが沈む音がした。 ギシ…… 誰かが座ったような音。 そして、耳元に近づいてくるように、 「橋の下……まだいるよ」 という声。 男性は恐怖でアクセルを踏み込み、車を一気に橋の先へ走らせた。 橋を渡り切った瞬間、車内の異様な重さが消えた。 二人はそのまま近くの明るい場所まで移動した。 そして恐る恐る後部座席を確認した。 誰もいない。 だが、シートには―― 濡れた手形がいくつも残っていた。 しかも、そ...

石手川ダム――水面に立つ人影

その話を聞いたのは、夏の終わりだった。 石手川ダムへ夜釣りに行ったことがあるという男性が、こんな話をしてくれた。 その日は友人と二人で、夜のダム湖を訪れていた。 時計は午前一時を少し回っていた。 昼間なら静かな水辺も、夜になると別の場所に見える。 周囲には街灯も少なく、車のライトを消すと、湖面と山の輪郭さえほとんど見えなかった。 「なんか……今日、変じゃないか?」 友人がそう言った。 「何が?」 「水の音がしない」 言われてみると、確かにおかしかった。 風はある。 木々もかすかに揺れている。 なのに、目の前の湖だけが異様なほど静かだった。 二人は黙って水面を見つめた。 そのときだった。 湖の中央付近に、何かが見えた。 最初は流木だと思った。 だが、それはゆっくりと動いていた。 「……人じゃないか?」 友人の声が震えた。 暗闇の中、水面に黒いものが立っている。 頭。 肩。 そして胸元。 遠くて顔までは見えない。 だが、どう見ても人の形だった。 「泳いでるのか?」 そう言って目を凝らした瞬間、その人影が少しだけこちらを向いた。 二人とも息を止めた。 その影は、水の中に浮かんでいるのではなかった。 まるで―― 水面の上に立っていた。 しかも、こちらを見ている。 「帰ろう」 友人が小さく言った。 二人は釣り道具をその場に置いたまま、車へ戻った。 エンジンをかけ、急いでその場を離れようとした。 ところが、車を動かした直後。 後部座席から、 「コン……」 と音がした。 二人は同時に振り返った。 誰もいない。 窓も閉まっている。 気のせいだと思い、車を走らせた。 しかし、しばらくするとまた、 「コン……コン……」 と鳴った。 今度は明らかに、車内からだった。 「止めるなよ」 友人が低い声で言った。 運転していた男性も、絶対に振り返らなかった。 そしてダムからかなり離れたところまで来たとき―― 突然、後部座席の窓が白く曇った。 外は蒸し暑い夏の夜。 車内のエアコンも普通に動いている。 なのに、その窓だけが内側から真っ白になった。 そして、その曇ったガラスに、 ゆっくりと五本の指の跡が浮かび上がった。 誰かが内側から、窓に手をついたように。 二人は何も言えなかった。 そのまま家まで帰り、車を降りた。 だが翌朝。 車を確認した男性は、後部座席の足元に濡れた跡が残っていることに気づいた。...

松山城――天守から見下ろす人

深夜の松山城には、昼間とはまったく違う空気が漂う。 これは、数年前の冬、友人と二人で松山城の近くを訪れた男性から聞いた話だ。 その日は夜遅くまで松山市内で飲んでいた。 帰るにはまだ少し早い時間だったが、友人が突然、 「城、見に行ってみないか」 と言い出した。 もちろん、天守の中へ入れる時間ではない。 それでも二人は、夜の松山城を少しだけ見て帰るつもりで、城へ続く道を歩いていった。 街灯のある場所では、それほど怖くなかった。 しかし、城へ近づくにつれて周囲は急に静かになった。 風の音だけが聞こえる。 そして、ふと男性が上を見上げた。 暗闇の中に、松山城の天守が浮かんでいた。 そのときだった。 「……誰かいるぞ」 友人が小さな声で言った。 天守の上のほう。 暗い窓の一つから、人影がこちらを見下ろしていた。 最初は警備の人かと思った。 だが、その人影はまったく動かない。 二人が立ち止まって見上げていると、突然、その影が窓から消えた。 「中に入ったんじゃない?」 友人がそう言った。 だが、男性は妙な違和感を覚えていた。 人が立っていた場所が、あまりにも高かった。 まるで―― 窓の内側ではなく、窓の外に立っていたように見えたのだ。 二人は気味が悪くなり、その場を離れようとした。 その瞬間。 背後から、 「……まだ帰らないの?」 という声がした。 二人とも振り返った。 誰もいない。 しかし、声は確かに聞こえた。 しかも、すぐ後ろから。 友人が、 「今、聞こえたよな?」 と尋ねる。 男性は黙って頷いた。 二人は急いで歩き始めた。 ところが、しばらくすると友人が突然立ち止まった。 「待って」 「何?」 「上……」 友人が指差した先。 先ほど見た天守の窓に、また人影が立っていた。 今度は、さっきよりはっきり見えた。 長い髪。 白っぽい服。 そして―― 顔だけが異様に黒かった。 男性は目を凝らした。 その瞬間、人影がゆっくりと顔を上げた。 二人を見ている。 いや。 正確には、男性の隣にいる友人だけを見ていた。 「……俺?」 友人が呟いた。 すると、人影の口元がゆっくり開いた。 距離があるため声は聞こえない。 それでも、何を言っているのかだけは分かった。 「おいで」 友人が一歩、前へ出た。 男性は慌てて腕を掴んだ。 「行くな!」 その瞬間。 天守の人影が消えた。 そして同時に、友人の体か...

観月山公園――誰もいない展望台

夜の観月山公園は、昼間とはまるで別の場所だった。 街の明かりが遠くに見えるだけで、園内に入ると急に音が消える。 ある秋の夜、友人と二人で公園を訪れた。 時間は午前0時を少し過ぎた頃。 「展望台まで行ってみようぜ」 友人にそう言われ、二人で坂道を上っていった。 街灯はところどころにあるものの、木々に囲まれた場所では光がほとんど届かない。 しばらく歩いていると、前方に小さな展望台が見えてきた。 ところが―― そこに誰かが立っていた。 黒っぽい服を着た人影だった。 背を向けたまま、夜景を見ているように見える。 「先客いるじゃん」 友人がそう言った。 だが、近づいてもその人物は一度も動かなかった。 「こんばんは」 声をかけても反応がない。 妙な違和感を覚えながら、さらに数メートル近づいた。 その瞬間だった。 人影が、ゆっくりと振り返った。 顔は――見えなかった。 街灯の光が当たっているはずなのに、そこだけ黒く塗りつぶされたようになっていた。 そして突然、 「……まだ、帰らないの?」 低い声が聞こえた。 二人とも何も言えなくなった。 次の瞬間、展望台の照明が一度だけ消えた。 真っ暗になった。 慌ててスマートフォンのライトを点ける。 そして光を向けた。 そこには、誰もいなかった。 「……今の、何だった?」 友人の声が震えていた。 二人は急いで坂道を下り始めた。 ところが、背後から妙な音が聞こえてきた。 カン……。 カン……。 まるで誰かが、金属製の手すりを指で叩きながら近づいてくるような音。 一度。 また一度。 音は少しずつ近づいてくる。 振り返ることはできなかった。 そのまま無言で歩き続け、ようやく駐車場まで戻った。 車に乗り込み、エンジンをかける。 友人が震える手でスマートフォンを確認した。 「……なあ」 画面を見せられた。 さっき展望台で撮った写真だった。 そこには二人しか写っていない。 ――はずだった。 写真の奥。 木々の間に、黒い人影が立っていた。 しかも、その人物はこちらを見ている。 さらにおかしいことに、その影は―― 二人が公園を出た後に撮影した写真にも写っていた。 しかも、写真を撮るたびに少しずつ近づいている。 最後の一枚。 車のフロントガラス越しに撮った写真には、 後部座席のすぐ後ろに、黒い顔が写っていた。 その夜以来、二人は観月山公園には二度と近づいていない...

空港ホテル――深夜の廊下に立つ男

愛媛の空港近くにある、少し古びたホテル。 空港から近いため、早朝の便に乗る人や、仕事で遅く到着した人がよく利用するホテルだった。 そのホテルに、仕事で泊まった男性がいた。 到着したのは夜の十一時を過ぎた頃。 フロントで鍵を受け取り、エレベーターに乗る。 「お疲れ様です」 フロントの男性がそう言ったあと、なぜか少し間を置いてから、 「……もし夜中に廊下で人を見ても、気にしないでくださいね」 と言った。 男性は冗談だと思った。 「幽霊でも出るんですか?」 そう笑うと、フロントの男性は曖昧に笑っただけだった。 部屋は五階。 エレベーターを降りると、長い廊下が左右に伸びていた。 時間が遅かったせいか、廊下には誰もいない。 男性は部屋に入り、シャワーを浴びて、そのまま眠った。 午前二時過ぎ。 突然、目が覚めた。 何か音がした気がした。 「……コン、コン」 ドアを叩くような音だった。 男性はベッドの上でじっと耳を澄ませた。 すると、また聞こえた。 「コン……コン……」 間違いなく、部屋のドアからだった。 こんな時間に誰だと思い、男性はドアの覗き穴を確認した。 しかし、廊下には誰もいない。 照明だけが、妙に白く光っている。 男性はしばらく覗き穴を見つめたあと、ベッドへ戻った。 すると―― 今度はドアのすぐ向こうから、 「……すみません」 という男の声が聞こえた。 男性は固まった。 低く、かすれた声だった。 「部屋、間違えてませんか?」 返事はない。 しばらく沈黙が続いた。 やがて、 「……ここじゃない」 と声がした。 その瞬間、男性は背筋が凍った。 ドアの向こうにいる何かは、自分に話しかけているわけではない。 まるで、 誰かを探しているようだった。 男性は布団の中で息を殺した。 すると廊下から、ゆっくりと何かを引きずるような音が聞こえてきた。 ズ…… ズ…… ズ…… 音は部屋の前から離れていく。 ところが、数秒後。 音が止まった。 そして―― 今度は天井から、 「……コン、コン」 と音がした。 男性は恐る恐る天井を見上げた。 当然、そこには何もない。 だが、その直後。 部屋の電話が鳴った。 「……!」 男性は飛び起きた。 午前二時半。 こんな時間にホテルから電話が来る理由などない。 しばらく迷った末、受話器を取った。 「はい……」 返事はなかった。 ただ、向こう側から微かな雑音が...

道後温泉裏の木造廃墟――窓の向こうに立つ人

道後温泉の裏手には、細い路地や古い建物が残っている。 観光客が歩く表通りから少し離れると、急に人の気配が薄くなる場所がある。 その中に、昔から地元で「あまり近づかないほうがいい」と言われている木造の廃墟があった。 建物は二階建て。 外壁はところどころ剥がれ、窓ガラスも何枚か割れている。 長い間、人が住んでいる気配はなかった。 ある夜、友人と道後温泉に遊びに来ていた私は、帰り道にその建物を見つけた。 時刻は午前一時を少し過ぎた頃だった。 「こんなところに廃墟なんてあったんだな」 友人がスマートフォンのライトを向ける。 その瞬間だった。 二階の一番奥にある窓だけが、妙に気になった。 カーテンが閉まっていた。 だが、そのカーテンの隙間から、こちらを見ているような黒いものが見えた。 「……誰かいる?」 友人が呟いた。 私は笑って、 「まさか。廃墟だろ」 そう答えた。 しかし、もう一度見ると―― 黒いものは消えていた。 風でカーテンが揺れているだけだった。 その場を離れようとしたとき、建物の中から、 コン…… と、小さな音がした。 木の床を何かで叩いたような音だった。 私たちは顔を見合わせた。 そして、 コン…… もう一度。 今度は、さっきより近かった。 「やっぱり誰かいるんじゃないか?」 友人がそう言った直後、 二階の窓に、手が現れた。 白っぽい手だった。 指先だけがカーテンの隙間から見えている。 その手はゆっくりと動き、窓ガラスを、 コン…… コン…… と二回叩いた。 私たちは一瞬、声も出なかった。 すると突然、友人のスマートフォンが震えた。 着信だった。 画面を見ると、表示されていたのは―― 「非通知」 友人が電話に出る。 「もしもし?」 返事はなかった。 ただ、 ザー…… という雑音が聞こえていた。 そして、その雑音の奥から、 「……そこにいるの?」 女とも男とも分からない声が聞こえた。 友人はすぐに電話を切った。 「今の……聞こえた?」 私が尋ねると、友人は黙って頷いた。 その直後だった。 二階の窓のカーテンが、ゆっくり開いた。 そこには誰もいなかった。 暗い部屋が見えるだけだった。 だが、次の瞬間。 窓ガラスに、 内側から手形が浮かび上がった。 一つ。 二つ。 三つ。 まるで、部屋の中に何人もの人間がいて、一斉に窓へ手を押しつけているようだった。 私たちは逃げるよ...

松工裏の電話ボックス――受話器の向こうから聞こえた声

夜の十一時を少し過ぎた頃だった。 その日は友人と二人で車に乗っていた。 目的地もなく、街灯の少ない道を適当に走っていると、松工の裏手にある細い道へ入った。 昼間なら何ということもない場所だったが、夜になると周囲は驚くほど静かだった。 学校の建物は暗く、裏手にはほとんど明かりがない。 その道を抜けようとしたとき、友人が突然、 「ちょっと止めて」 と言った。 車を止めると、友人は道路脇を指差した。 そこには古びた電話ボックスが立っていた。 今ではほとんど使われていないような、昔ながらの電話ボックスだった。 ガラスには薄く汚れがつき、内部には一台の公衆電話が残っている。 「まだ電話あるんだな」 そう言って友人が車から降りた。 俺は車内で待っていた。 ところが、数分経っても戻ってこない。 窓越しに見ると、友人は電話ボックスの中で受話器を持っていた。 何か話しているようだった。 俺はクラクションを軽く鳴らした。 すると友人が振り返った。 その顔が妙に青ざめていた。 車に戻ってくるなり、 「今、誰かから電話かかってきた」 と言った。 「誰から?」 「分からない。でも……」 友人はそこで言葉を止めた。 「受話器を取ったら、向こうから俺の声が聞こえた」 冗談だと思った。 だが、友人は笑っていなかった。 そして、 「しかも、今から言うことを全部知ってた」 そう言った。 俺たちは気味が悪くなり、その場を離れることにした。 しばらく走っていると、車内の携帯電話が鳴った。 友人のスマホだった。 着信表示を見ると、番号は表示されていない。 非通知だった。 友人は無視した。 すると、すぐにもう一度鳴った。 今度は俺のスマホだった。 同じ非通知。 二人とも黙った。 やがて着信は切れた。 「もう帰ろう」 そう言って車を走らせた。 その直後だった。 後部座席から、 「……まだ帰らないで」 と声がした。 俺も友人も後ろを振り返った。 誰もいない。 だが、確かに女でも男でもない、妙に乾いた声が車内に響いた。 友人が慌てて車を路肩に止めた。 そして震える手で後部座席を見る。 何もない。 ところが―― 後部座席の足元に、古い電話の受話器が落ちていた。 コードはどこにも繋がっていない。 二人と...