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大濠公園――水面に立つ人影

福岡市の中心部にある大濠公園。 昼間は多くの人が訪れ、池の周囲を散歩したり、ジョギングをしたりする穏やかな場所だ。 しかし、夜になると雰囲気が変わる。 これは、ある男性が深夜の大濠公園で体験したという話だ。 その男性は仕事帰り、気分転換のために大濠公園へ立ち寄った。 時刻は午前0時を少し過ぎていた。 園内にはほとんど人がおらず、街灯の明かりだけが遊歩道を照らしている。 男性は池の周りをゆっくり歩き始めた。 すると、しばらくして妙な違和感を覚えた。 「……誰かいる?」 池の中央付近に、人影のようなものが見えたのだ。 最初はボートか何かだと思った。 しかし、よく見ると違う。 暗い水面の上に、人が立っているように見える。 しかも、その人影は微動だにしない。 男性は立ち止まり、目を凝らした。 街灯の光が届かないため、顔までは見えない。 ただ、黒い人影だけが、水面の上にぽつんと浮かんでいる。 「こんな時間に……?」 そう思った瞬間だった。 水面に、波紋が広がった。 人影の足元からではない。 男性のすぐ目の前の水際からだった。 ――ポチャン。 小さな水音。 男性が振り返る。 だが、そこには誰もいない。 もう一度池を見る。 すると、さっきまで中央にいた人影が消えていた。 「……え?」 男性は急に怖くなり、帰ろうとした。 そのとき。 背後から、かすかな声が聞こえた。 「……寒い」 男性は凍りついた。 声は、すぐ後ろから聞こえた。 恐る恐る振り返る。 誰もいない。 ただ、遊歩道の先にある街灯が、ぼんやりと地面を照らしているだけだった。 男性は走ってその場を離れた。 ところが、出口へ向かっている途中で、また水音が聞こえた。 ――ポチャン。 今度は左側。 ――ポチャン。 右側。 ――ポチャン。 そして、前方。 まるで池の中から何かが近づいてきているようだった。 男性は振り返らず、そのまま走った。 ようやく公園を出て、自宅へ戻る。 玄関のドアを閉めた瞬間、スマートフォンが鳴った。 知らない番号だった。 怖くなった男性は出なかった。 すると、すぐに留守番電話へ切り替わった。 数秒後。 通知が表示された。 録音された時間は、電話が鳴った直後。 男性は迷った末、再生した。 最初は何...

愛宕神社――夜の坂道で見たもの

福岡市の愛宕神社周辺には、夜になると人通りの少なくなる坂道がある。 昼間は参拝客や車の往来もある場所だが、深夜になると街灯の少ない場所では、辺りが妙に静かになる。 これは、ある男性が友人と二人で愛宕神社を訪れたときの話だ。 二人が神社の近くまで来たのは、夜の十一時を過ぎた頃だった。 「せっかくだし、上まで行ってみよう」 友人にそう言われ、男性も坂道を歩き始めた。 周囲には住宅や道路がある。 完全な山道というわけではない。 それなのに、少し歩いただけで、なぜか人の気配が消えた。 車の音も聞こえない。 風もない。 聞こえるのは、二人の靴音だけだった。 しばらく歩いていると、友人が突然立ち止まった。 「……今、誰かいたよな?」 男性が前を見る。 坂道の先には、誰もいない。 「どこに?」 「今、あそこを横切った」 友人が指差したのは、道路脇の暗がりだった。 男性には何も見えなかった。 「気のせいじゃない?」 そう言って歩き始めた。 ところが数分後。 今度は男性自身が見た。 道路の端に、人が立っている。 白っぽい服を着た人物だった。 背中を向けているため、顔は見えない。 二人が近づくと、その人物はゆっくりと歩き始めた。 「人いたじゃん」 友人が小声で言った。 二人はその後ろを歩いた。 しかし、妙だった。 その人物は、どれだけ歩いても二人との距離が変わらない。 早歩きになれば、向こうも早くなる。 立ち止まれば、向こうも立ち止まる。 男性が試しに足を止めた。 すると―― 前を歩いていた人物も、ぴたりと止まった。 そして、ゆっくり首だけを動かした。 こちらを振り返ろうとしている。 「……やばい」 友人が呟いた。 二人は引き返そうとした。 その瞬間だった。 背後から、 「こっちじゃないよ」 と声がした。 二人とも凍りついた。 声がしたのは、前ではない。 背後だった。 恐る恐る振り返る。 誰もいない。 だが、さっきまで前を歩いていた人物も消えていた。 二人は何も言わず、坂道を下り始めた。 すると今度は、後ろから小さな笑い声が聞こえた。 「……ふふっ」 振り返らない。 二人とも無言で歩き続ける。 ところが、坂道を下りている途中、友人が突然、 「待って」 と言った。 男性が振り向くと、友人が青ざめた顔で道路脇を指差している。 そこに、さっきの人物が立っていた。 今度は正面を向いている。 顔...

愛宕山――山頂から聞こえた呼び声

その山には、夜になると人が近づかなくなる場所があった。 昼間なら、散歩や登山で訪れる人もいる。 しかし、日が落ちると、山道は急に別の場所のような雰囲気になるという。 ある夏の夜、私は友人と二人で愛宕山へ向かった。 目的は肝試しだった。 「本当に何か出るのかな」 友人が笑いながら言った。 私はスマートフォンのライトを頼りに、暗い山道を歩いた。 しばらくすると、周囲から街の明かりが見えなくなった。 聞こえるのは、木の葉が風に揺れる音だけ。 ところが、山頂へ近づいたところで、突然、友人が立ち止まった。 「……今、誰か呼んだ?」 「え?」 私は聞き返した。 すると友人は、山の奥を指差した。 「今、名前呼ばれた気がした」 私は冗談だと思った。 「気のせいだろ」 そう言って歩き出した。 その直後だった。 「……おーい」 確かに聞こえた。 男の声だった。 私たちは顔を見合わせた。 声は、山頂のさらに奥から聞こえているようだった。 「誰かいるのかな」 友人がそう言った瞬間、 「……おーい」 また聞こえた。 今度は、さっきより近い。 私は少し嫌な感じがした。 「もう帰ろう」 そう言うと、友人も珍しく黙って頷いた。 来た道を戻り始めた。 しかし、数分歩いたところで、友人が急に私の腕を掴んだ。 「待って」 「何?」 「……今、後ろにいた」 私は振り返った。 誰もいない。 ただ、暗い木々が並んでいるだけだった。 「何が?」 友人は答えなかった。 代わりに、じっと山道の奥を見ていた。 「人がいたんだよ」 「どこに?」 「木の間」 友人は震える声で続けた。 「こっちを見てた」 私はもう一度、暗闇を見た。 すると―― 木々の隙間に、何か白いものが見えた。 人の顔に見えた。 だが、次の瞬間には消えていた。 「……帰ろう」 今度は二人とも走った。 山道を下り、車まで戻る。 車に乗り込んだ瞬間、友人が言った。 「早く出して」 私はエンジンをかけた。 その時だった。 車の後部座席から、 「……おーい」 と声がした。 私たちは同時に振り返った。 誰もいない。 それなのに、車内には明らかに誰かがいるような気配があった。 友人は震えながら、 「見るな」 と呟いた。 私はアクセルを踏んだ。 山を下り、街中まで戻ってきたところで、ようやく二人とも口を開いた。 「さっきの声……」 友人が言った。 「俺たちを呼んでた...

神田トンネル――炎の向こうに立つ老人

深夜、友人と二人で車を走らせていた。 目的地は特になかった。 ただ、夜の高知を走っているうちに、神田トンネルを通ってみようという話になった。 トンネルの手前まで来ると、周囲の明かりが急に少なくなった。 道路脇の木々がライトに照らされるたび、黒い影が車の横を流れていく。 「なんか……ここ、嫌な感じしない?」 友人がそう言った。 自分も同じことを感じていた。 けれど、わざわざ引き返すほどではない。 そのままトンネルへ入った。 入口をくぐった瞬間だった。 車内の温度が、急に下がった。 エアコンをつけているわけでもないのに、首筋に冷たい風が当たる。 そして、トンネルの中ほどまで進んだところで、友人が前を指差した。 「……あれ、何?」 前方の暗闇に、人影が見えた。 二人だった。 道路の端に、老人と老婆が立っている。 二人ともこちらを向いていた。 ライトに照らされても、顔だけが妙に暗くて見えない。 車を近づける。 すると老人が、ゆっくりとこちらへ歩き始めた。 老婆も、その後ろをついてくる。 「こんな時間に……?」 友人が呟いた。 次の瞬間、老人が両手で何かを抱えていることに気づいた。 白っぽいポリタンクだった。 その瞬間、車内に灯油のような強烈な臭いが広がった。 「窓、閉めろ!」 慌てて窓を閉めた。 だが、臭いは消えなかった。 むしろ車内の中で濃くなっていく。 そして、老人とすれ違う直前。 老婆がこちらを見た。 顔が見えた。 その顔には、表情がなかった。 ただ、口だけがゆっくり動いていた。 声は聞こえない。 それでも、何と言っているのか分かった。 ――逃げて。 車を急加速させた。 バックミラーを見る。 老人と老婆は、もういなかった。 代わりに、トンネルの奥に小さな炎が見えた。 最初は誰かが焚き火でもしているのかと思った。 だが炎は少しずつ大きくなり、トンネルの壁を赤く染めていく。 友人が震えた声で言った。 「……戻ってきてる」 「何が?」 「後ろから……何か来てる」 ミラーを見た。 そこには、炎の中を歩いてくる老人の姿があった。 服には火がついている。 それなのに、老人はまったく燃えていない。 ただ、こちらに向かって歩いてくる。 一歩。 また一歩。 そして突然、老人が車の後ろに手を伸ばした。 ドンッ――。 車体が大きく揺れた。 友人が悲鳴を上げた。 アクセルを踏み込み、ようやく...

荒倉トンネル――出口に立つ男

深夜の荒倉トンネルを、車で通った時の話だ。 その日は雨が降っていた。 山道には街灯もほとんどなく、ヘッドライトが照らす先だけが、暗闇の中に浮かんでいた。 午前一時を過ぎた頃、ようやくトンネルの入口が見えてきた。 古びたコンクリートの壁。 入口の上には、暗闇に沈んだトンネル名。 「……ここか」 そう呟いて、車をトンネルへ入れた。 中に入った瞬間、車内の空気が妙に重くなった。 ラジオの音も、エンジン音も、急に遠くなったように感じる。 そして、トンネルの中央付近まで進んだ時だった。 前方に、人影が見えた。 黒っぽい服を着た男が、道路の端に立っている。 こんな時間に歩いていること自体がおかしい。 しかも、その男は車が近づいているのに、まったく動かなかった。 クラクションを鳴らそうか迷ったが、何となく嫌な感じがして、そのまま通り過ぎることにした。 男の横を通過する。 その瞬間、ルームミラーを見た。 男は――こちらを見ていた。 いや。 正確には、こちらではなかった。 男は車の後部座席を見つめていた。 「……え?」 思わずブレーキを踏みそうになった。 だが、怖くて振り返ることができない。 そのままトンネルを抜け、少し離れた場所まで走った。 ようやく安心して、後部座席を確認した。 誰もいない。 「見間違いか……」 そう思った。 その時だった。 後部座席の足元から、 コン…… と、小さな音がした。 何かが車内を叩いたような音だった。 運転しながら、もう一度ルームミラーを見る。 すると―― 後部座席の窓に、手形がいくつも付いていた。 外側ではない。 内側から押しつけたような手形だった。 「なんだよ……これ……」 その瞬間、車の後ろから、 「まだ……出てない」 と、男の声が聞こえた。 アクセルを踏み込んだ。 バックミラーを見ることはできなかった。 ただ、車内の後ろから、 コン…… コン…… コン…… と、一定の間隔で窓を叩く音が続いていた。 やがて自宅に着き、震える手で車を降りた。 怖かったが、最後に一度だけ車内を確認した。 後部座席には何もない。 ところが、運転席へ戻ろうとした時―― フロントガラスに、指で書かれたような文字が残っているのに気づいた。 「出口はまだ」 その文字を見た瞬間、トンネルで見た男の姿が頭に浮かんだ。 そして後になって気づいた。 あの時、トンネルの出口を出た直後か...

たまごトンネル――出口に立っていたもの

高知県にある「たまごトンネル」には、夜になると妙なものを見たという噂がある。 これは、ある男性が友人と二人で、深夜にトンネルを訪れたときの話だ。 その日は雨上がりで、時計は午前一時を少し過ぎていた。 車をトンネルの近くに停めると、周囲には街灯もほとんどなく、聞こえるのは雨水が落ちる音だけだった。 「せっかくだし、歩いて抜けてみようか」 友人にそう言われ、二人はスマートフォンのライトを頼りにトンネルへ入った。 中は思っていた以上に暗かった。 ライトを消すと、自分の手さえ見えなくなる。 二人は冗談を言いながら歩いていたが、しばらくすると、後ろから小さな音が聞こえてきた。 ――カツ。 二人が同時に振り返る。 誰もいない。 「水滴じゃない?」 そう言って再び歩き始める。 すると今度は、 ――カツ……カツ……。 まるで、誰かが二人の後ろを歩いているような音だった。 「さっきから聞こえるよな?」 友人も気づいていた。 二人は立ち止まった。 すると音も止まった。 数秒間、完全な静寂が続く。 「……戻ろうか」 友人がそう言った瞬間だった。 トンネルの奥から、 「……おーい」 という声が聞こえた。 二人は顔を見合わせた。 声は明らかに人のものだった。 しかも、かなり遠くからではなく、すぐ近くから聞こえたように感じた。 「誰かいるのか?」 友人が声を返す。 返事はない。 代わりに、奥の暗闇で何かが動いた。 スマートフォンのライトを向ける。 何もいない。 しかし、ライトを消した瞬間―― 「……おーい」 また声がした。 今度は、すぐ耳元で囁かれたように聞こえた。 二人は一気に走り出した。 出口の明かりが見えてくる。 あと少しだった。 ところが、友人が突然立ち止まった。 「……待って」 「どうした?」 友人は出口の方向を指差していた。 「誰か……立ってる」 出口の明るい場所に、人影がひとつ立っていた。 遠すぎて顔までは見えない。 ただ、こちらを向いていることだけは分かった。 「人がいるなら、先に出てもらおう」 二人はゆっくり近づいた。 しかし、いくら歩いても、その人影との距離が縮まらない。 おかしい。 出口はもう目の前のはずなのに、人影だけが同じ場所にいる。 そして突然、友人が小さな声で言った。 「……あれ、出口じゃない」 「え?」 「俺たち……入口に向かって歩いてる」 その言葉を聞いて、背...

吉良神社――境内の奥から聞こえる声

その神社には、夜になると絶対に一人で近づいてはいけない。 地元では昔から、そんな話があった。 特に奇妙なのは、境内の奥にある古い木立だった。 昼間に見れば、ただの静かな林にしか見えない。 しかし、日が落ちてからそこへ入ると、誰もいないはずの場所から、人の声が聞こえるという。 「……こっち」 そんな声だ。 ある夏の夜、友人と二人で吉良神社を訪れた。 時刻は午後十一時を過ぎていた。 境内には誰もいない。 街灯の明かりも入口付近までしか届かず、奥へ進むほど周囲は暗くなっていった。 「本当に何もないな」 友人が笑いながら言った。 そのときだった。 林の奥から、 「……こっち」 と、かすかな声が聞こえた。 二人とも同時に黙った。 「今、聞こえた?」 友人が小声で尋ねる。 聞き間違いではなかった。 確かに、人の声だった。 しかも、かなり近い。 「誰かいるのか?」 友人が声をかけた。 返事はない。 ただ、木々の間から、 カサ……。 カサ……。 と、何かを踏む音が聞こえた。 誰かがこちらへ歩いているようだった。 しかし、姿は見えない。 「帰ろう」 そう言って踵を返した瞬間、 「……待って」 今度は、はっきり聞こえた。 しかも耳元だった。 思わず振り返った。 当然、誰もいない。 だが友人は、私の後ろではなく、境内の奥を見つめたまま固まっていた。 「どうした?」 声をかけても返事がない。 友人の視線の先には、一本の古い木があった。 そして、その木の陰から―― 誰かがこちらを覗いていた。 顔は見えない。 ただ、暗闇の中からこちらを見ていることだけは分かった。 「走るぞ!」 二人で一気に鳥居まで走った。 その途中、背後から何度も声がした。 「待って」 「こっち」 「戻ってきて」 それでも振り返らなかった。 ようやく車まで戻り、ドアを閉めた。 友人が荒い息をしながら、 「……あれ、見た?」 と聞いた。 「ああ」 そう答えると、友人は首を横に振った。 「違う。俺が見たのは、木の後ろじゃない」 「じゃあ、何を見たんだ?」 友人はしばらく黙っていた。 そして震える声で言った。 「俺たちが逃げるとき、鳥居のところに誰か立ってた」 「……誰が?」 「さっきの声を聞いたときから、ずっと」 その言葉を聞いて、車の中が急に冷たくなった。 私は慌ててエンジンをかけた。 その瞬間、 コン。 と、後部座席の窓が叩...