松山城――天守から見下ろす人
深夜の松山城には、昼間とはまったく違う空気が漂う。 これは、数年前の冬、友人と二人で松山城の近くを訪れた男性から聞いた話だ。 その日は夜遅くまで松山市内で飲んでいた。 帰るにはまだ少し早い時間だったが、友人が突然、 「城、見に行ってみないか」 と言い出した。 もちろん、天守の中へ入れる時間ではない。 それでも二人は、夜の松山城を少しだけ見て帰るつもりで、城へ続く道を歩いていった。 街灯のある場所では、それほど怖くなかった。 しかし、城へ近づくにつれて周囲は急に静かになった。 風の音だけが聞こえる。 そして、ふと男性が上を見上げた。 暗闇の中に、松山城の天守が浮かんでいた。 そのときだった。 「……誰かいるぞ」 友人が小さな声で言った。 天守の上のほう。 暗い窓の一つから、人影がこちらを見下ろしていた。 最初は警備の人かと思った。 だが、その人影はまったく動かない。 二人が立ち止まって見上げていると、突然、その影が窓から消えた。 「中に入ったんじゃない?」 友人がそう言った。 だが、男性は妙な違和感を覚えていた。 人が立っていた場所が、あまりにも高かった。 まるで―― 窓の内側ではなく、窓の外に立っていたように見えたのだ。 二人は気味が悪くなり、その場を離れようとした。 その瞬間。 背後から、 「……まだ帰らないの?」 という声がした。 二人とも振り返った。 誰もいない。 しかし、声は確かに聞こえた。 しかも、すぐ後ろから。 友人が、 「今、聞こえたよな?」 と尋ねる。 男性は黙って頷いた。 二人は急いで歩き始めた。 ところが、しばらくすると友人が突然立ち止まった。 「待って」 「何?」 「上……」 友人が指差した先。 先ほど見た天守の窓に、また人影が立っていた。 今度は、さっきよりはっきり見えた。 長い髪。 白っぽい服。 そして―― 顔だけが異様に黒かった。 男性は目を凝らした。 その瞬間、人影がゆっくりと顔を上げた。 二人を見ている。 いや。 正確には、男性の隣にいる友人だけを見ていた。 「……俺?」 友人が呟いた。 すると、人影の口元がゆっくり開いた。 距離があるため声は聞こえない。 それでも、何を言っているのかだけは分かった。 「おいで」 友人が一歩、前へ出た。 男性は慌てて腕を掴んだ。 「行くな!」 その瞬間。 天守の人影が消えた。 そして同時に、友人の体か...