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七本官軍墓地 ―「数えてはいけない墓」

夜の墓地には、昼間とは違う音がある。 風に揺れる木々の音。 遠くを走る車の音。 そして――時々、誰もいないはずの場所から聞こえる、足音。 大学生の俺は、友人二人と七本官軍墓地を訪れていた。 「本当に何もないな」 懐中電灯を照らしながら、友人が笑った。 戦争で亡くなった兵士たちが眠る場所。 昼間なら静かな墓地に過ぎない。 しかし、その日はなぜか空気が重かった。 俺たちは並んだ墓を眺めながら、奥へ進んでいった。 そのときだった。 「……なあ」 友人が突然、立ち止まった。 「今、誰かいた?」 俺は振り返った。 当然、誰もいない。 「気のせいだろ」 そう言って歩き出した瞬間―― 背後から、 カツ……。 カツ……。 カツ……。 乾いた足音が聞こえた。 三人とも黙った。 足音は、こちらへ近づいてくる。 カツ……。 カツ……。 そして、俺たちのすぐ後ろで止まった。 振り返る。 誰もいない。 「帰ろう」 友人の声が震えていた。 俺たちは急いで出口へ向かった。 しかし、途中で別の友人が言った。 「……待って」 「何?」 「あの墓……さっき見た?」 懐中電灯の先には、一つの古い墓があった。 そこには何も書かれていない。 ただ、その前に―― 泥で濡れた足跡が残っていた。 一つ。 二つ。 三つ。 そして足跡は、墓の前で途切れていた。 「誰かが入ってきたんじゃない?」 そう言って友人が笑おうとした。 その瞬間。 墓の向こうから、 「……ひとつ」 声がした。 俺たちは固まった。 「……今、何て?」 「ひとつ……」 また聞こえた。 今度ははっきりと。 「……ふたつ」 声は、墓の奥から聞こえてくる。 「……みっつ」 友人が小さく叫んだ。 「走れ!」 三人で出口へ走った。 しかし背後から、 「よっつ……」 「いつつ……」 と、声が続いてくる。 振り返ることはできなかった。 ただ、足音だけが追ってくる。 カツ……。 カツ……。 カツ……。 出口が見えた。 その瞬間、俺の隣を走っていた友人が突然転んだ。 「待って!」 俺が手を伸ばした。 しかし友人は地面を見つめたまま動かない。 「どうした!」 友人は青ざめた顔で、震える指を墓地の奥へ向けた。 そこには―― 何十人もの人影が立っていた。 全員、こちらを向いている。 軍服姿の者もいる。 その顔は、暗くて見えない。 そして全員が、 俺たちを指差していた。 「...

田原坂公園――夜の坂道から聞こえる足音

その夜、私は田原坂公園を訪れていた。 昼間なら、桜やツツジが咲く静かな公園だ。 しかし、夜になると雰囲気が一変する。 街灯の少ない遊歩道には、木々の影が伸び、風が吹くたびに葉がざわざわと揺れていた。 田原坂は、かつて西南戦争の激戦地だった。 ここでは多くの兵士が命を落とした。 そんな話を思い出しながら、私は坂道を歩いていた。 そのときだった。 ――ザッ……ザッ……。 後ろから、誰かが歩いてくる音がした。 「誰かいるのかな?」 振り返る。 だが、誰もいない。 気のせいだと思い、再び歩き始める。 すると、 ――ザッ……ザッ……ザッ……。 今度は、さっきより近い。 私は立ち止まった。 足音も止まった。 少しして、恐る恐る振り返る。 やはり誰もいない。 「……なんだよ」 そう呟いて歩き出した瞬間。 今度は、すぐ耳の後ろで、 ――ザッ。 一歩だけ、足音がした。 私は思わず走り出した。 坂を下り、慰霊塔の近くまで来たところで、突然スマートフォンが震えた。 画面を見る。 電話ではない。 カメラが勝手に起動していた。 そして画面には、暗い坂道が映っていた。 「……何これ?」 おかしい。 私はカメラを向けていない。 しかも、画面の奥に何かが立っている。 黒い服を着た、小さな人影。 よく見ると――少年だった。 少年は、こちらを見ていた。 そして、ゆっくり右手を上げた。 まるで、 「こっちへ来い」 と手招きするように。 私は慌ててカメラを閉じた。 その瞬間。 背後から声が聞こえた。 「……まだ、帰らないの?」 振り返る。 誰もいない。 ただ、暗い坂道の向こうから、 ――ザッ……ザッ……ザッ……。 また足音が近づいてくる。 私は一気に駐車場まで走った。 車に乗り込み、エンジンをかける。 そしてバックミラーを見た。 誰もいない。 「助かった……」 そう思った瞬間だった。 ミラーの端に、何かが映った。 後部座席。 そこに、さっきの少年が座っていた。 私は声も出せなかった。 少年は俯いたまま、ぽつりと言った。 「……もう一人、いるよ」 「え?」 少年が指差したのは―― 私の隣。 助手席だった。 ゆっくり横を見る。 そこには誰もいない。 だが、助手席の窓ガラスには、 濡れた手形が一つだけ付いていた。 その瞬間、車の外から、 ――ザッ……ザッ……ザッ……。 無数の足音が聞こえ始めた。 一人ではない。...

田原坂――雨の中の兵士

その日は、朝から雨だった。 熊本県の田原坂を訪れたのは、夜の八時を過ぎた頃だった。 昼間なら、歴史を感じさせる静かな場所なのだろう。 しかし夜になると、あたりは驚くほど暗い。 雨が木々を叩き、遠くから風の音が聞こえてくる。 私は車を降り、坂道を少し歩いてみることにした。 すると―― 「……ドン」 どこからか、低い音が聞こえた。 雷かと思った。 だが、数秒後。 「ドン……ドン……」 今度は二度。 まるで、遠くで銃声が響いているようだった。 私は立ち止まった。 田原坂は、西南戦争の際に激しい戦闘が行われた場所だ。 雨の中、銃声が途切れることなく響いたという。 「まさかな……」 そう呟いて歩き始めた。 すると、前方に誰かが立っていた。 雨の中、傘も差さずにじっと立っている。 服装がおかしい。 暗くてはっきりとは見えないが、現代の服ではない。 私は声をかけようとした。 その瞬間―― 男がゆっくり振り返った。 顔が見えた。 泥と雨で汚れた顔。 そして、額から血を流していた。 男は私を見つめたまま、小さな声で言った。 「……まだ、戦は終わらんのか」 意味が分からなかった。 「え?」 聞き返した瞬間、男の姿が消えた。 そこには誰もいない。 ただ、雨だけが降っていた。 私は急いで車へ戻った。 エンジンをかけ、坂を下ろうとした。 しかし―― 「カン……カン……」 車の屋根から音がする。 誰かが手で叩いているようだった。 「カン……カン……カン……」 怖くなってアクセルを踏んだ。 そのまま坂を下り、しばらく走ったところで、ようやく音が止まった。 翌朝。 私は車を確認した。 屋根には何もなかった。 だが、フロントガラスに奇妙なものが残っていた。 泥で書かれたような文字。 そこには―― 「まだ、ここにいる」 と書かれていた。 私はすぐに車を洗った。 そして二度と、夜の田原坂には行かないと決めた。 それから数年後。 田原坂について調べていた私は、古い記録の中に気になる話を見つけた。 激戦の最中、雨と銃煙の中で多くの兵士が倒れたこと。 そして戦いが終わった後も、夜になると「銃声を聞いた」「兵士の姿を見た」という噂が残っていること。 もちろん、それが本当に霊の仕業なのかは分からない。