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新潟競馬場――最終レースのあと

その話を聞いたのは、競馬好きの知人からだった。 新潟競馬場では、昼間は大勢の人で賑わっている。 歓声が響き、馬が駆け抜け、レースが終われば人々はそれぞれ帰っていく。 しかし、夜になると、その周辺の雰囲気は一変する。 街灯の少ない道を車で走っていると、さっきまで聞こえていた人の声が嘘のように消える。 ある男が、深夜に競馬場の近くを車で走っていた。 その日は友人と競馬を楽しみ、帰りが遅くなった。 時計を見ると、午前0時を少し過ぎている。 「こんな時間までいたのか……」 そう呟きながら、車を走らせていると、道路脇に一人の男性が立っているのが見えた。 黒っぽい服装。 俯いたまま、じっと道路を見つめている。 こんな時間に何をしているのだろう。 男はそう思ったが、そのまま通り過ぎた。 ところが―― バックミラーを見ると、男の姿がない。 「……?」 ほんの数秒しか経っていない。 走っている車から見えなくなるような距離でもなかった。 気味が悪くなり、そのまま帰宅した。 翌朝。 昨夜のことを友人に話すと、友人はしばらく黙った。 そして、 「それ……競馬場の近くで見たの?」 そう尋ねた。 「うん」 すると友人は、小さな声でこう言った。 「夜に、あそこを走ると……たまに人影を見るって話、聞いたことある」 もちろん、それが何者なのかは分からない。 ただ、不思議なのはその後だった。 男は自分の車を確認していて、後部座席の窓に奇妙なものを見つけた。 内側から、指でなぞったような跡が残っていた。 一本。 二本。 そして―― 五本。 まるで誰かが、後部座席から外を眺めながら、窓に手をついていたような跡だった。 男は、その日以来、夜の新潟競馬場周辺を走らなくなったという。 そして地元では、こんな話が囁かれている。 「最終レースが終わったあとも、帰らない何かがいる」 それが誰なのか。 そして、何を待っているのか。 今となっては、誰にも分からない。

青山海岸――波の向こう側

夜の海は、昼間とはまるで別の場所に見える。 ある夏の夜、男は一人で青山海岸を訪れていた。 昼間なら海水浴客や散歩をする人の姿もある海岸だが、日付が変わる頃になると、人影はほとんどない。 男は車を停め、波の音を聞きながら砂浜を歩いていた。 そのときだった。 「……すみません」 背後から、女の声がした。 振り返ると、少し離れた場所に一人の女が立っていた。 白い服を着ている。 こんな時間に一人でいることを不思議に思いながらも、男は声をかけた。 「どうしました?」 女は海を指差した。 「あそこに……人がいるんです」 男が海を見る。 暗い海の上には、何も見えない。 ただ、波がゆっくりと押し寄せているだけだった。 「どこですか?」 そう聞いた瞬間、女が小さな声で答えた。 「……さっきまで、あそこに立っていたんです」 男はもう一度、海を見た。 すると。 波打ち際から少し離れた場所に、確かに何かが立っていた。 人影だった。 黒い影が、海の中でじっとこちらを向いている。 「人……?」 男が目を凝らした、その瞬間。 隣にいた女が消えた。 「え?」 慌てて周囲を見る。 砂浜には男しかいない。 そして、海の中にいた人影も、いつの間にか消えていた。 怖くなった男は、急いで車へ戻った。 だが、車に乗り込んだとき、フロントガラスに奇妙なものが見えた。 濡れた手形。 外側ではない。 車内側のフロントガラスに、濡れた手形がいくつも付いていた。 男は息を呑んだ。 そして、その手形の一つを見た瞬間、さらに背筋が凍った。 手形の指先から、砂がこぼれ落ちていた。 まるで、海から上がってきたばかりの誰かが、車の中に入り込んだように。 男はエンジンをかけ、海岸を離れた。 それ以来、男は夜の海には近づいていない。 ただ、一つだけ今でも気になっていることがある。 あの夜、海を指差していた女。 男は一度も、彼女の足元を見ていなかった。 もし、あのとき足元まで見ていたら―― 砂浜に、彼女の足跡がなかったことに気づいていたはずだった。

五十嵐トンネル――後ろから聞こえる足音

夜の五十嵐トンネルは、昼間とはまるで違う場所に見える。 車のライトが暗い壁を照らし、エンジン音だけが長く響いていく。 ある夜、二人の若者が車でトンネルを通っていた。 時刻は午前一時を過ぎていた。 「……なんか、このトンネル長くない?」 助手席の男がそう言った。 運転している男は笑いながら、 「気のせいだろ」 と答えた。 その直後だった。 車の後ろから、 コツ……コツ……コツ…… という音が聞こえた。 最初はタイヤが何かを踏んだのだと思った。 しかし、音は一定の間隔で続いている。 まるで誰かが、車のすぐ後ろを歩いているようだった。 二人は黙った。 やがて助手席の男が、恐る恐る後部座席を振り返った。 そこには誰もいない。 ただ、暗い窓ガラスに二人の顔が映っているだけだった。 「……聞こえた?」 「ああ」 その瞬間。 後部座席の窓を、 コン…… と何かが叩いた。 二人は悲鳴を上げた。 しかし車を止めることはできなかった。 トンネルの出口は、まだ見えない。 そして今度は、 コツ……コツ……コツ…… 足音が車の横へ移動してきた。 助手席の男は窓を見ないように、必死に前だけを見つめた。 すると運転していた男が突然、小さな声で言った。 「……見ちゃダメだ」 「え?」 「さっきから……横を走ってる」 二人は息を止めた。 見てはいけない。 そう思えば思うほど、窓の外が気になってしまう。 そして、トンネルの出口が近づいた瞬間――。 助手席の男が、ほんの一瞬だけ窓を見てしまった。 そこにいたのは、 長い髪の女だった。 女は車と同じ速度で走っていた。 そしてこちらを見ながら、 ゆっくり笑っていた。 車がトンネルを抜けた瞬間、女の姿は消えた。 二人はそのまま振り返らず、家まで帰った。 しかし翌朝。 車を確認すると、後部座席の窓に、 内側から手形がいくつも残っていたという。 そして一番恐ろしかったのは―― その手形が、すべて 車の外側ではなく、車内側についていたこと だった。

済生会新潟病院――夜中に鳴るナースコール

深夜の病院は、昼間とはまるで別の場所に見える。 照明を落とした廊下には、機械の低い作動音と、空調の風が流れる音だけが響いていた。 その夜、看護師が巡回をしていると、誰も入っていない病室からナースコールが鳴った。 「……また?」 表示されたのは、普段ほとんど使われていない病室だった。 看護師は急いで部屋へ向かった。 しかし、扉を開けても誰もいない。 ベッドはきれいに整えられ、椅子にも誰も座っていない。 「おかしいな……」 そう呟いてナースコールを確認すると、確かに押された形跡が残っていた。 その後も、同じことが何度か続いた。 午前二時。 またナースコールが鳴った。 今度は先ほどよりも長く、何度も何度も鳴り続けている。 看護師が病室へ向かうと、廊下の途中で突然、足音が聞こえた。 ――ペタ……ペタ……。 裸足で歩いているような、ゆっくりとした足音。 「誰かいますか?」 返事はない。 しかし、足音だけが病室の奥へ向かって進んでいく。 看護師が後を追って病室に入った瞬間―― ナースコールが止まった。 そして、ベッドの横に置かれた椅子が、ゆっくりと動いた。 誰も触れていないはずの椅子が、床を擦りながら少しずつ後ろへ引かれていく。 看護師は思わず立ち止まった。 そのとき、耳元で小さな声がした。 「……まだ、帰れない」 驚いて振り返る。 もちろん、誰もいない。 翌朝、昨夜のことを同僚に話すと、先輩看護師はしばらく黙ったあと、こう言った。 「その部屋……昔から夜になるとナースコールが鳴るって話、あるよ」 「誰もいないのに?」 「そう。だから、夜勤の人はできるだけ一人で見に行かないようにしてる」 そう言って、先輩は最後にこう付け加えた。 「でもね……一番怖いのは、ナースコールじゃないの」 「じゃあ、何ですか?」 先輩は廊下の奥を見つめた。 「ナースコールが鳴る前に、 病室の中から誰かが歩いてくる音が聞こえること があるのよ」 その夜から、看護師は深夜の病棟を歩くとき、背後から聞こえる足音を決して振り返らなくなった。 ――ペタ……ペタ……。 誰もいないはずの廊下を、今夜も誰かが歩いている。

済生会新潟第二病院・7階――誰もいない廊下

深夜の病院は、昼間とはまったく違う顔を見せる。 昼間なら多くの人が行き交う廊下も、夜になれば足音ひとつ聞こえない。 その夜、私は仕事で病院を訪れていた。 用事を終え、エレベーターに乗った。 行き先は9階。 ところが、エレベーターが上昇している途中、突然、 「ガタン……」 と大きく揺れた。 そして、表示が7階で止まった。 扉が開く。 そこには、薄暗い廊下が伸びていた。 誰もいない。 私は「閉」を押そうとした。 その瞬間だった。 廊下の奥から、 「……カツ……カツ……」 と、誰かの足音が聞こえた。 ゆっくり。 こちらへ近づいてくる。 病院の夜勤スタッフだろうと思った。 しかし、足音は途中で止まった。 エレベーターから十数メートルほど離れた場所。 暗い廊下の向こうに、何かが立っているように見えた。 人影だった。 じっとこちらを見ている。 私は反射的に目をそらし、エレベーターの「閉」ボタンを押した。 ところが扉は閉まらない。 何度押しても反応しない。 すると今度は、 「カツ……カツ……」 また足音がした。 さっきより近い。 私は怖くなり、廊下の奥を見た。 人影は、もうそこにはいなかった。 その代わり―― エレベーターのすぐ横に立っていた。 白い服を着た、うつむいた人。 顔は見えない。 ただ、こちらに向かって小さな声で、 「……まだ、いるよ」 そう言った。 その瞬間、エレベーターの扉が閉まった。 私は何も考えず、9階のボタンを押した。 エレベーターが動き出す。 ようやく安心した。 しかし、数秒後。 「……カツ」 エレベーターの中から、足音が聞こえた。 私はゆっくり振り返った。 誰もいない。 それでも、 「カツ……カツ……」 足音だけが、背後から近づいてくる。 そして9階に到着した瞬間。 耳元で、 「次は……7階ね」 と、女の声がした。 扉が開いた。 私は振り返らず、そのまま走って逃げた。 後日、その話を知っている人に聞いた。 「7階って、夜になると誰かいるんですか?」 すると、その人は少し黙ってから、 「……7階では、たまにエレベーターが勝手に止まるって話、聞いたことありますよ」 そう答えた。 そして最後に、こう付け加えた。 「でもね……」 「7階で扉が開いても、絶対に廊下を見ないほうがいい」 「見てしまうと――」 「向こうも、こっちを見てしまうから」 その言葉を聞いてから、...

じゅんさい池公園――水面に浮かぶ顔

夏の夜、友人と二人でじゅんさい池公園を訪れた。 昼間は自然に囲まれた静かな公園だが、夜になると雰囲気が一変する。 街灯の少ない遊歩道を歩いていると、木々の隙間から池が見えた。 風はほとんどない。 それなのに、水面だけが小さく揺れていた。 「……誰かいるんじゃない?」 友人が池を指差した。 最初は、水鳥か何かだと思った。 しかし、よく見ると違った。 水面の中央に、白いものが浮かんでいる。 近づいて目を凝らす。 それは、人の顔だった。 長い髪を水に漂わせ、こちらをじっと見つめている。 「……女の人?」 そう呟いた瞬間、その顔がゆっくりと沈み始めた。 まるで池の底から、誰かに引っ張られているようだった。 そして完全に消えた。 二人とも言葉を失った。 その場から離れようとした、そのときだった。 背後から、 「……見つけた」 小さな女の声が聞こえた。 振り返っても誰もいない。 怖くなって走って車まで戻った。 そして車に乗り込み、エンジンをかけようとした。 ところが―― 突然、 「ガチャッ」 ドアロックが解除された。 誰も触っていない。 友人と顔を見合わせる。 すると、今度は反対側のドアが、 「ガチャッ」 と開錠された。 その瞬間、池の方向から赤い光が見えた。 林の奥を、ゆっくりこちらへ近づいてくる。 「もう帰ろう!」 友人が叫び、車を急発進させた。 公園を出るまで、二人とも一度も後ろを振り返らなかった。 翌朝。 友人から一枚の写真が送られてきた。 昨夜、池を撮影した写真だった。 画面には暗い池と木々しか写っていない。 だが、写真を拡大すると―― 水面の中央に、白い顔が浮かんでいた。 そして、その顔の横には、 昨夜そこにいたはずのない、 もう一人の顔 が写っていた。 二つの顔は、こちらを見て笑っていた。 それ以来、友人は二度とじゅんさい池公園には行かなくなった。 そして今でも、夜に車へ乗り込むときだけは、必ず後部座席を確認するという。 なぜなら―― あの日から時々、 誰も乗っていないはずの後部座席から、 水が滴る音が聞こえるからだ。

関屋分水路・関分記念公園――水面に浮かぶ顔

深夜の関屋分水路。 昼間は散歩する人や子どもたちで賑わう場所も、午前二時を過ぎると、人の気配はほとんどなくなる。 その夜、二人の若者が関分記念公園を訪れていた。 公園の名物でもある、タコの形をした滑り台を眺めながら、二人は噂話をしていた。 「ここ、夜中の二時になると出るらしいよ」 「何が?」 「男女の幽霊。昔、ここで心中したカップルがいるんだって」 笑いながら時計を見る。 午前二時。 その瞬間だった。 公園の奥から、 ギィ…… と、何かが軋む音が聞こえた。 風はない。 二人は顔を見合わせ、恐る恐るタコの滑り台を見る。 すると、滑り台の内部にある暗い空間から、誰かがこちらを覗いていた。 最初は子どもだと思った。 しかし、近づいてみると―― そこには誰もいない。 「……今、顔あったよな?」 そう言った瞬間、遠くの関屋分水路から、 ポチャ…… と水音がした。 二人が川を見る。 街灯に照らされた水面に、何かが浮かんでいた。 白いもの。 ボールのようにも見える。 「誰かのボールじゃない?」 そう言って目を凝らした。 だが、それはボールではなかった。 人の頭だった。 しかも、流されていない。 水の流れがあるはずなのに、同じ場所にじっと浮かんでいる。 そして―― 少しずつこちらへ近づいてくる。 二人は逃げようとした。 その瞬間、水面の顔がゆっくりとこちらを向いた。 暗闇の中でも、はっきり分かった。 その顔は、 笑っていた。 二人は一気に公園の出口へ走った。 しかし、背後から聞こえてきたのは水音ではなかった。 「……待って」 女の声だった。 振り返ってはいけない。 そう思いながらも、一人が振り返る。 そこには、タコの滑り台の前に立つ男女の姿があった。 二人とも濡れた服を着ている。 そして、その二人の足元から―― 黒い水が、ゆっくりと地面を這うようにこちらへ広がっていた。 翌朝。 公園には何も変わった様子はなかった。 ただ、関屋分水路の水面には、誰にも触れられていないはずの場所に、 小さな手形がいくつも残っていたという。 そして今でも、この場所では夜の水面に「人の顔を見た」という噂が残っている。 もちろん、これらはあくまで心霊スポットとして語られている噂話だ。 けれど―― もし深夜、この場所で水面から自分を見つめる顔を見つけても、 決して近づかないほうがいい。 ...

お城広場――夜の遊具から聞こえる声

新潟市の海岸沿いに広がる西海岸公園。 昼間は子どもたちの声が響き、散歩をする人や海を眺める人も多い、ごく普通の公園だ。 その一角に、お城の形をした大きな遊具がある。 「お城広場」。 しかし、この場所には昔から、少し変わった噂があった。 夜になると、誰もいないはずのお城の遊具から、子どものような声が聞こえる。 そして、その声を聞いても、決して返事をしてはいけない――。 ある夏の夜。 一人の若者が、肝試しのつもりでお城広場を訪れた。 時刻は午前一時を過ぎていた。 昼間とは違い、園内には人の姿がない。 海から吹く風が松林を揺らし、 「ザァ……ザァ……」 と、波の音に混じって不気味な音を立てている。 若者は懐中電灯を手に、お城の遊具へ近づいた。 そのときだった。 「……ねえ」 背後から、女の子の声がした。 若者は驚いて振り返った。 しかし、そこには誰もいない。 「……気のせいか」 そう呟き、再びお城を見る。 すると――。 さっきまで誰もいなかったはずの滑り台の上に、白い服を着た少女が座っていた。 少女は俯いたまま、動かない。 若者は声をかけようとした。 だが、その瞬間。 少女がゆっくり顔を上げた。 暗闇の中でも分かるほど、顔は青白かった。 そして、小さな声で言った。 「……一緒に遊ぼう?」 若者は恐怖で動けなくなった。 その直後、遊具の中から、 「カン……カン……」 と、誰かが階段を上ってくるような音が聞こえ始めた。 一段。 また一段。 誰もいないはずなのに、確かに足音が近づいてくる。 若者は逃げようとした。 しかし足が動かない。 すると少女が、今度は笑いながら言った。 「ひとりじゃないよ」 その瞬間――。 お城の遊具の窓という窓に、いくつもの白い顔が浮かび上がった。 子ども。 女性。 老人。 誰なのか分からない顔が、暗い窓の向こうからこちらを見つめている。 そして全員が、同じ言葉を呟いた。 「……帰らないで」 若者は夢中で走った。 松林を抜け、海岸沿いの道まで逃げたところで、ようやく振り返った。 お城広場は遠くに見えている。 当然、そこには誰もいない。 そう思った。 しかし――。 お城の頂上に、さっきの少女が立っていた。 そして、こちらを見ながら手を振っている。 若者は急いでその場を離れた。 翌朝。 もう一度、お城広場を訪れてみた。 遊具には何の異常もなかった。 ただ、一...

少女絵トンネル――消えない少女の絵

夜の山道を走っていた。 街灯はほとんどなく、車のヘッドライトだけが、暗闇の中を細く切り裂いている。 しばらくすると、古びたトンネルが見えてきた。 入口の上には、かすれた文字で「少女絵トンネル」と書かれている。 その名前を見た瞬間、運転していた男は妙な胸騒ぎを覚えた。 だが、引き返すほどのことでもない。 そう思い、そのままトンネルへ入った。 ――その瞬間だった。 「……女の子?」 助手席の友人が、小さな声を漏らした。 トンネルの壁に、白い服を着た少女の絵が描かれていた。 薄暗い照明に照らされたその顔は、どこか悲しそうだった。 車はそのまま通り過ぎた。 ところが数秒後、助手席の友人が振り返った。 「なあ……今の絵、こっちを見てなかったか?」 「そんなわけないだろ」 笑いながら答えた。 しかし、運転手もバックミラーを見た。 そこには、さっき通り過ぎたはずの少女の姿が映っていた。 「……え?」 慌ててもう一度見る。 何もいない。 ただ、暗いトンネルが続いているだけだった。 二人は気味が悪くなり、急いでトンネルを抜けた。 そして、そのまま帰宅することにした。 ところが――。 帰り道で、カーナビが突然おかしくなった。 画面には存在しないはずの道が表示されている。 そして目的地として表示された場所は、 「少女絵トンネル」 だった。 「なんで……?」 男がナビを操作する。 しかし画面は消えない。 その直後、後部座席から、 コン…… と、小さな音がした。 二人は同時に振り返った。 誰もいない。 だが、後部座席の窓には、小さな手形がいくつも付いていた。 まるで外側から、誰かが窓を叩いているようだった。 そして翌朝。 男は昨夜の出来事を確かめるため、撮影していたスマートフォンの映像を見返した。 トンネルの映像を再生する。 少女の絵が映る。 そのまま車が通り過ぎる。 ところが――映像の最後。 トンネルを抜ける直前、後部座席に何かが映っていた。 白い服。 長い髪。 そして、こちらをじっと見つめる少女。 男は息をのんだ。 その少女は、壁に描かれていた絵と同じ顔をしていた。 さらに恐ろしいことに、 映像の中の少女は、ゆっくりと口を開いていた。 音声を上げる。 すると、かすかな声が聞こえた。 「……ひとりに、しないで……」 男は慌てて映像を止めた。 だが、その瞬間。 背後から、 「……ねえ」 小さ...

新潟ホワイトハウス――窓の向こうの少女

海岸沿いを走る国道から、少し山側へ入った場所。 そこには、木々に囲まれるようにして、一軒の白い建物が立っていた。 地元では、その建物を「ホワイトハウス」と呼んでいた。 白かったはずの壁は長い年月でくすみ、窓には鉄格子が残されている。 そして、いつからかこんな噂が広まっていた。 ――夜になると、二階の窓から少女が外を見ている。 ある夏の夜。 肝試しに訪れた若者たちは、建物を遠くから眺めていた。 「本当に誰かいるんじゃないか?」 そう言った瞬間だった。 二階の窓に、白い影が現れた。 「……女の子?」 全員が息を止めた。 影は、鉄格子の向こう側からこちらを見ている。 顔までは見えない。 ただ、こちらをじっと見つめていることだけは分かった。 一人が怖さをごまかすように手を振った。 すると―― 影も、ゆっくり手を上げた。 「やばい。帰ろう」 誰かがそう呟いた。 その瞬間。 建物の中から、 コン…… コン…… コン…… と、窓を叩く音が聞こえた。 まるで、 「ここから出して」 そう訴えているようだった。 若者たちは一斉に車へ走った。 そしてエンジンをかけ、建物から離れようとした。 ところが、一人だけ後部座席から動かなかった。 「どうした?」 問いかけても返事がない。 その男は、青ざめた顔で窓の外を指差していた。 「……まだいる」 全員が振り返った。 遠ざかっていくホワイトハウス。 二階の窓には、確かに白い影が立っていた。 しかし―― さっきまでとは違っていた。 影は窓の内側ではなく、 窓の外側に立っていた。 そして、車を追いかけるように、 ゆっくりと首を動かしていた。 その夜から、後部座席にいた男の車では奇妙なことが起こるようになった。 夜になると、誰も乗っていない後部座席から、 コン…… コン…… と、窓を叩く音がする。 最初は気のせいだと思った。 しかし、ある雨の夜。 音がした直後、男はバックミラーを見た。 そこには―― 濡れた髪を顔に張り付かせた少女が座っていた。 少女は何も言わない。 ただ、じっと男を見つめている。 そして小さな声で、 「……まだ、帰らないの?」 そう呟いた。 男は恐怖でアクセルを踏み込んだ。 次の瞬間、車内のすべての窓が、 ドンッ! と一斉に叩かれた。 そしてバックミラーから少女の姿が消えた。 安心して前を向いた男は、 そこで気づいた。 フロントガラス...