五十嵐トンネル――後ろから聞こえる足音
夜の五十嵐トンネルは、昼間とはまるで違う場所に見える。
車のライトが暗い壁を照らし、エンジン音だけが長く響いていく。
ある夜、二人の若者が車でトンネルを通っていた。
時刻は午前一時を過ぎていた。
「……なんか、このトンネル長くない?」
助手席の男がそう言った。
運転している男は笑いながら、
「気のせいだろ」
と答えた。
その直後だった。
車の後ろから、
コツ……コツ……コツ……
という音が聞こえた。
最初はタイヤが何かを踏んだのだと思った。
しかし、音は一定の間隔で続いている。
まるで誰かが、車のすぐ後ろを歩いているようだった。
二人は黙った。
やがて助手席の男が、恐る恐る後部座席を振り返った。
そこには誰もいない。
ただ、暗い窓ガラスに二人の顔が映っているだけだった。
「……聞こえた?」
「ああ」
その瞬間。
後部座席の窓を、
コン……
と何かが叩いた。
二人は悲鳴を上げた。
しかし車を止めることはできなかった。
トンネルの出口は、まだ見えない。
そして今度は、
コツ……コツ……コツ……
足音が車の横へ移動してきた。
助手席の男は窓を見ないように、必死に前だけを見つめた。
すると運転していた男が突然、小さな声で言った。
「……見ちゃダメだ」
「え?」
「さっきから……横を走ってる」
二人は息を止めた。
見てはいけない。
そう思えば思うほど、窓の外が気になってしまう。
そして、トンネルの出口が近づいた瞬間――。
助手席の男が、ほんの一瞬だけ窓を見てしまった。
そこにいたのは、
長い髪の女だった。
女は車と同じ速度で走っていた。
そしてこちらを見ながら、
ゆっくり笑っていた。
車がトンネルを抜けた瞬間、女の姿は消えた。
二人はそのまま振り返らず、家まで帰った。
しかし翌朝。
車を確認すると、後部座席の窓に、
内側から手形がいくつも残っていたという。
そして一番恐ろしかったのは――
その手形が、すべて車の外側ではなく、車内側についていたことだった。
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