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旧椎名村役場庁舎――最後の受付

夕暮れになると、旧椎名村役場庁舎の周辺には、独特の静けさが漂う。 かつて村の人々が出入りしていた庁舎も、今では人の気配がほとんどない。 これは、地元の人から聞いた話だ。 ある男性が、昔の役場庁舎を見てみようと、日が暮れた後にその場所を訪れた。 建物の前に立ったとき、男性は妙な違和感を覚えた。 誰もいないはずなのに、建物の中から、 「……はい、次の方」 という声が聞こえたのだ。 最初は、近くの民家から聞こえてきた声だと思った。 しかし、周囲を見回しても人影はない。 気になった男性が建物に近づくと、今度ははっきりと、 「こちらへどうぞ」 と聞こえた。 古い庁舎の中からだった。 男性は恐る恐る窓から中を覗いた。 当然、誰もいない。 机も椅子もなく、暗い室内が広がっているだけだった。 そのときだった。 カウンターの奥に、一人の人影が立っているのが見えた。 白いシャツを着た男性のようだった。 顔は暗くて見えない。 そして、その人影はゆっくりと手を上げると、受付に置かれているはずのない一枚の紙を男性に差し出した。 男性は反射的に後ずさった。 すると、人影が小さな声で言った。 「まだ……届いていません」 何が届いていないのか。 男性には分からなかった。 その瞬間、庁舎の中から大量の紙がめくれるような音が響いた。 バサバサ、バサバサ――。 まるで何十人もの人間が、一斉に書類を確認しているようだった。 怖くなった男性は、その場から逃げた。 翌日、明るい時間にもう一度訪れてみた。 しかし、昨夜見たはずのカウンターも、人影もない。 ただ、床の隅に古びた紙が一枚落ちていた。 拾い上げると、そこには名前を書く欄と、受付の日付を書く欄があった。 そして日付の欄には―― なぜか、翌日の日付が記されていたという。 それ以来、男性は夕暮れ以降、旧椎名村役場庁舎には近づかなくなった。 今でも地元では、夜の庁舎から「次の方」と呼ぶ声を聞いたという話が残っている。 もしその声を聞いても、決して返事をしてはいけない。 返事をしてしまうと―― 「最後の受付」に名前を書かれる。 そんな噂が、ひっそりと語り継がれている。

弁天橋――橋の真ん中に立つ女

夜の弁天橋は、昼間とはまるで違う場所に見える。 街灯が水面を照らしているものの、橋の中央付近だけは妙に暗く、川の流れる音がやけに大きく聞こえる。 ある夏の夜、一人の男性が仕事帰りに弁天橋を歩いていた。 時刻は午前一時を少し過ぎた頃。 橋の中ほどまで来たところで、男性は前方に人影があることに気づいた。 橋の中央に、女性が一人立っていた。 白っぽい服を着て、川のほうを向いている。 「こんな時間に……?」 男性はそう思いながら、女性の横を通り過ぎようとした。 その瞬間だった。 女性が、ゆっくりと振り返った。 顔は見えなかった。 長い髪が前に垂れ下がり、顔をすっぽり隠していた。 男性は少し怖くなり、足早にその場を離れた。 ところが、橋を渡り終えてからふと振り返ると―― 女性がいない。 「いつの間に……」 橋の上には誰もいなかった。 男性は気味が悪くなり、そのまま帰宅した。 しかし、その夜。 ベッドに入ってしばらくすると、玄関のほうから小さな音が聞こえた。 ――コン。 誰かがドアを叩いたような音だった。 こんな時間に誰だろうと思いながら、男性は玄関へ向かった。 そして、ドアスコープを覗いた。 誰もいない。 安心して部屋へ戻ろうとした、その時だった。 今度は玄関ではなく、窓の外から音がした。 ――コン。 ――コン。 男性の部屋はマンションの上階だった。 窓の外に誰かいるはずがない。 恐る恐るカーテンを開ける。 そこには、何もなかった。 ただ、暗い夜空と遠くの街灯が見えるだけだった。 その瞬間、男性のスマートフォンが鳴った。 知らない番号からの着信だった。 恐る恐る電話に出る。 すると、何も言わずに水の流れるような音だけが聞こえてきた。 そして数秒後。 女の声が、小さく聞こえた。 「……橋の真ん中に……忘れ物……」 男性は慌てて電話を切った。 翌朝。 怖くなった男性は、昨夜のことを忘れるため、何気なく弁天橋の写真を検索した。 そこで一枚の古い写真を見つけた。 橋の上を撮影した、何年も前の写真だった。 男性は何気なく拡大した。 すると―― 橋の中央に、白い服を着た女性が立っていた。 昨夜、自分が見た女性と同じだった。 そして写真の隅には、撮影日が記されていた。 それは、男性が弁天橋を訪れた日の ちょうど十年前 だった。 それ以来、男性は夜の弁天橋を二度と渡らなくなったという。 ただ...

花見川――川沿いに立つ女

千葉県を流れる花見川。 昼間は散歩やジョギングをする人も多く、穏やかな雰囲気の川沿いだ。 しかし、夜になると様子が変わる。 これは、ある男性が数年前に体験したという話だ。 その男性は、仕事帰りに気分転換をするため、夜の花見川沿いを歩いていた。 時刻は午前0時を少し過ぎた頃。 辺りには人の姿がなく、聞こえるのは風に揺れる草の音と、遠くを走る車の音だけだった。 しばらく歩いていると、川岸の少し先に、一人の女性が立っていることに気づいた。 白っぽい服を着た女性だった。 こんな時間に一人で何をしているのだろう。 男性はそう思いながら、その女性の横を通り過ぎようとした。 その瞬間だった。 「……すみません」 背後から、小さな声が聞こえた。 男性が振り返る。 しかし、女性は何も言わず、川の方を向いたまま立っている。 聞き間違いだと思い、男性は再び歩き始めた。 すると今度は、すぐ耳元で、 「……私、見えていますか?」 そう囁かれた。 男性は驚いて振り返った。 そこには誰もいなかった。 女性が立っていた場所には、風で草が揺れているだけだった。 怖くなった男性は、急いでその場を離れた。 そして翌日。 気になった男性は、昨夜撮っていたスマートフォンの写真を確認した。 川沿いを歩きながら何気なく撮った一枚。 そこには、誰もいないはずの川岸に―― 白い服を着た女性が、こちらを向いて立っていた。 しかも、写真の女性の顔は不自然なほど暗く、目だけがこちらを見ているように見えたという。 男性はその写真をすぐに削除した。 それ以来、夜の花見川には近づいていない。 そして地元では、夜の川沿いで、 「誰もいないはずなのに、後ろから女性の声が聞こえた」 という話が囁かれている。 もし夜の花見川を歩くことがあっても―― 後ろから名前を呼ばれても、決して振り返ってはいけない。 その声の主が、本当に人間なのか。 確かめないほうがいいのかもしれない。

稲毛海浜公園――海から聞こえる呼び声

夜の稲毛海浜公園は、昼間とはまるで違う場所に見える。 昼間なら、海を眺めながら散歩する人や、芝生で遊ぶ家族の姿がある。 しかし、日が沈み、人の姿がほとんどなくなると、広い園内には波の音だけが残る。 これは、ある男性が体験した話だ。 男性は夏の夜、ひとりで海を見に稲毛海浜公園を訪れた。 時刻は午後11時を過ぎていた。 駐車場から海へ向かって歩いていると、突然、後ろから小さな声が聞こえた。 「……ねえ」 男性は振り返った。 しかし、誰もいない。 風で木々が揺れているだけだった。 気のせいだと思い、そのまま歩き続ける。 やがて海岸に出ると、目の前には暗い海が広がっていた。 波が寄せては返している。 そのときだった。 「……ねえ」 今度は、はっきり聞こえた。 男性は海を見つめた。 すると、少し離れた波打ち際に、人影が立っている。 白っぽい服を着た女性のようだった。 こんな時間に、なぜ海辺にいるのだろう。 男性が声をかけようとした瞬間、その女性がこちらを向いた。 そして、ゆっくり手を上げた。 「こっち……」 その声が聞こえた。 男性は妙な違和感を覚えた。 女性は波打ち際に立っている。 しかし、足元に波が当たっているはずなのに、まったく動いていない。 まるで、海の中に立っているようだった。 男性が一歩近づいた、その瞬間―― 女性の姿が消えた。 波だけが静かに打ち寄せていた。 怖くなった男性は、急いで来た道を戻った。 そして駐車場へ向かっている途中、背後から再び声がした。 「……ねえ」 今度は、すぐ耳元だった。 男性は振り返らなかった。 そのまま走って車に乗り込み、急いで公園を後にした。 翌朝、男性は昨夜撮影した海の写真を確認した。 すると、一枚だけ、見覚えのない写真があった。 暗い海を撮ったはずの写真。 その中央に、白い服を着た女性が立っている。 そして写真を拡大すると、女性の顔は海の方ではなく―― こちらを向いていた。 さらに不気味だったのは、その女性の足元だった。 そこには砂浜が写っているはずなのに、女性の下半身だけが、黒い海の中に沈んでいた。 それ以来、男性は夜の海には近づかなくなったという。 稲毛海浜公園の海は、昼間なら穏やかで美しい。 だが、夜の海をひとりで眺めているとき。 もし波の音に混じって、 「……ねえ」 と誰かに呼ばれても―― 決して振り返ってはいけない。 そ...

青葉の森公園――森の奥から聞こえる声

千葉県にある青葉の森公園。 昼間は多くの人が訪れ、散歩やジョギングを楽しむ、ごく普通の公園だ。 しかし、夜になると人の姿はほとんどなくなり、広い園内は不気味なほど静かになる。 これは、そんな青葉の森公園で起きたという、ある男性の体験談をもとにした創作の話だ。 その男性が公園を訪れたのは、夜の十一時を過ぎた頃だった。 近くを車で通った際、少し休もうと思い、園内の道路脇に車を停めた。 外に出ると、昼間とはまるで違う空気だった。 木々の間から聞こえるのは、風で葉が擦れる音だけ。 男性はスマートフォンの明かりを頼りに、少しだけ歩いてみることにした。 しばらくすると、森の奥から、 「……すみません」 という小さな声が聞こえた。 男性は足を止めた。 誰かがいる。 そう思って声のした方向を見る。 しかし、そこには木々が並んでいるだけだった。 「誰かいますか?」 そう声をかけると、 「……こっちです」 今度は、はっきり聞こえた。 声は森の奥からだった。 男性は少し迷ったが、困っている人かもしれないと思い、声の方向へ歩いていった。 ところが、歩いても歩いても人影は見つからない。 それどころか、声は少しずつ遠ざかっていく。 そして突然、 「もう少し……こっち」 耳元で囁かれた。 男性は驚いて振り返った。 誰もいない。 だが、その瞬間だった。 背後の暗い木々の間に、 白い服を着た人影が立っているのが見えた。 女性のようだった。 顔は下を向いていて、表情までは分からない。 男性がスマートフォンを向けた瞬間、その姿は木の陰へ消えた。 怖くなった男性は、急いで来た道を戻った。 ところが、なぜか道が見つからない。 同じような木々が続き、どちらへ進んでも公園の出口に出られない。 そのとき、また声がした。 「……どうして帰るの?」 男性は走った。 背後から、 「待って……」 「ねえ……」 と、女性の声が何度も聞こえてくる。 しかし振り返らなかった。 しばらく走り続けると、ようやく街灯の明かりが見えた。 そこまで来て、男性は初めて後ろを振り返った。 誰もいない。 ただ、遠く離れた森の中に、一人だけ立っている人影が見えた。 そして、その人影はゆっくりと手を上げた。 まるで、 「また来てね」 とでも言うように。 男性はそのまま車へ戻り、公園を後にした。 それ以来、夜の青葉の森公園には二度と近づかなかったと...

千葉寺――夜の境内に立つ女

夜の千葉寺は、昼間とはまるで違う顔を見せる。 これは、千葉寺の近くに住む男性から聞いたという話だ。 ある夏の夜、男性は仕事から帰る途中、千葉寺の近くを通りかかった。 時刻は午後11時を過ぎていた。 昼間なら人の姿も見える境内は、夜になるとひっそりと静まり返っている。 男性が寺の前を通り過ぎようとした、そのときだった。 「……すみません」 背後から、女性の声がした。 男性が振り返る。 しかし、そこには誰もいない。 気のせいだと思い、そのまま歩き出した。 ところが―― 「……すみません」 今度は、すぐ耳元で聞こえた。 驚いて振り返ると、境内の入口に一人の女が立っていた。 白っぽい服を着て、長い髪を顔の前に垂らしている。 男性は、道を尋ねたいのだろうと思い、 「どうしました?」 と声をかけた。 女はゆっくり顔を上げた。 そして、小さな声でこう言った。 「私……ここから出られないんです」 男性は意味が分からなかった。 境内から出る道はいくらでもある。 「そこを出ればいいですよ」 そう言った瞬間だった。 女の顔が、ゆっくりと歪んだ。 そして、 「出られないんです」 同じ言葉を繰り返した。 その声が妙に重なって聞こえた。 一人の声ではない。 何人もの女が、同時に同じ言葉を呟いているようだった。 男性は怖くなり、その場から走って逃げた。 しばらく走ったところで、恐る恐る後ろを見る。 誰も追ってきてはいなかった。 安心して前を向いた、その瞬間―― 道路の先に、さっきの女が立っていた。 男性は息を呑んだ。 女は微動だにしない。 そして、ゆっくりと手を上げると、寺の方向を指差した。 「……まだ、いるよ」 男性には、その意味が分からなかった。 翌日、明るくなってから男性は千葉寺の前を通った。 昨夜のことを確かめるためだった。 しかし、境内には何も変わった様子はない。 ただ、一つだけ気になった。 境内の奥から、誰もいないはずなのに―― 女の声が聞こえた気がした。 「……出られない」 男性は二度と、夜の千葉寺には近づかなくなったという。

千葉公園――夜の池に立つ女

千葉県千葉市にある千葉公園。 昼間は散歩をする人や、池を眺める人で賑わう、ごく普通の公園だ。 しかし、夜になると雰囲気が変わる。 これは、ある男性が深夜に千葉公園を訪れたときの話だ。 男性は仕事帰り、少し遠回りをして公園の中を歩いていた。 時刻は午前0時を過ぎていた。 昼間なら気にも留めない池が、夜の闇の中では妙に大きく見えた。 風はほとんどなかった。 それなのに、水面だけがゆっくりと揺れている。 男性が池のそばを歩いていると、向こう岸に人影が見えた。 白っぽい服を着た女だった。 女は池の前に立ち、じっと水面を見つめている。 こんな時間に一人で何をしているのだろう。 そう思った男性は、そのまま通り過ぎようとした。 すると―― 「……すみません」 背後から声がした。 振り返ると、先ほどの女が立っていた。 距離は数メートルしかない。 いつの間に近づいてきたのか、まったく分からなかった。 女は俯いたまま、もう一度言った。 「池の中に……人がいるんです」 男性は驚いて池を見た。 しかし、水面には何もない。 「どこですか?」 そう尋ねると、女は池の中央を指差した。 「……あそこです」 男性が目を凝らす。 すると、水面の下から何か白いものが浮かび上がった。 顔のようにも見えた。 男性は思わず一歩後ろへ下がった。 その瞬間だった。 隣にいたはずの女が消えていた。 周囲を見回しても、どこにもいない。 そして―― 池の水面には、さっきまでなかった無数の波紋が広がっていた。 まるで、水の中から何人もの人間がこちらを見上げているようだった。 怖くなった男性は、振り返らずに公園を出た。 翌日、男性は昨夜のことを知人に話した。 すると知人は、不思議そうな顔をしてこう言った。 「その時間、千葉公園にいたの?」 「うん」 「……女の人なんて、見なかったけど」 男性はそこで初めて気づいた。 昨夜、自分が女と話していた場所。 そこには―― 池へ下りていく階段など、存在しなかった。 そして男性が最後に女を見た場所には、濡れた足跡だけが残っていたという。 その足跡は池のほうから続いてきて、 男性の立っていた場所で、 突然途切れていた。 それ以来、男性は夜の千葉公園には近づかなくなったという。 そして今でも、深夜に池の近くを歩いていると、 「……すみません」 と、背後から声を掛けられることがあるという。

亥鼻城跡――夜の城跡に立つ女

千葉の街を見下ろす高台に、かつて亥鼻城があった。 現在では公園として整備され、昼間は人の姿も多い。 しかし、夜になると雰囲気が変わる。 特に、城跡へ続く坂道では、昔から妙な噂が絶えなかった。 「夜中に、誰もいないはずの城跡から女の声が聞こえる」 そんな話だった。 ある夜、一人の男が亥鼻城跡を訪れた。 時刻は午前一時を過ぎていた。 街灯の明かりを頼りに坂道を上っていく。 すると―― 「……待って」 背後から、かすかな女の声が聞こえた。 男は足を止めた。 振り返る。 誰もいない。 風が木々を揺らしているだけだった。 「気のせいか……」 そう呟いて歩き出す。 しかし、数歩進んだところで、 「……待ってってば」 今度は、はっきり聞こえた。 しかも声は、すぐ後ろだった。 男は振り返らなかった。 そのまま早足で坂を上った。 やがて城跡に着く。 周囲には誰もいない。 静まり返った公園。 男がスマートフォンを取り出して時間を確認すると、画面には午前一時十三分と表示されていた。 その瞬間だった。 背後から、 「どうして置いていくの?」 と女の声がした。 男は恐る恐る振り返った。 そこには―― 白い着物を着た女が立っていた。 顔は長い髪に隠れている。 街灯の下なのに、女の足元だけが妙に暗かった。 男が一歩後ずさる。 すると女も、一歩近づいてくる。 「待って……」 また一歩。 「一緒に帰ろう」 さらに一歩。 男は恐怖で動けなくなった。 そのとき、女がゆっくり顔を上げた。 髪の隙間から見えた顔には―― 目がなかった。 男は叫び声を上げ、坂道を転げるようにして逃げ出した。 気がつくと、城跡の入口まで戻っていた。 振り返っても、女の姿はない。 その後、男は二度と夜の亥鼻城跡へ行かなかった。 ただ、一つだけ奇妙なことがあった。 翌朝、スマートフォンを確認すると、昨夜撮った覚えのない写真が一枚保存されていた。 そこには、暗い城跡が写っていた。 そして写真の中央。 男のすぐ後ろに―― 白い着物の女が立っていた。 さらに拡大すると、女の口元だけがはっきり写っていた。 まるで笑っているように、 「置いていかないで」 そう言っているように見えたという。 それ以来、亥鼻城跡では夜になると、 誰もいない坂道から女の声が聞こえることがあるという。 「……待って」 その声を聞いても、決して振り返ってはいけない。 ...

七天王塚 ―― 夜に数えてはいけない塚

千葉市の住宅街に、七つの小さな塚が点在している。 地元では、それらを「七天王塚」と呼んでいた。 昼間に見れば、ただの古い塚にしか見えない。 しかし、この場所には昔から一つの言い伝えがあった。 「夜に七つ全部を数えてはいけない」 理由を知る者は、ほとんどいなかった。 ある夜、二人の若者が七天王塚を訪れた。 時間は午前一時を過ぎていた。 懐中電灯を片手に、暗い道を歩いていく。 「本当に七つあるのかな」 一人が笑いながら言った。 「数えてみようぜ」 最初の塚。 「一つ」 二つ目。 「二つ」 三つ目。 「三つ」 順番に数えながら進んでいく。 四つ目、五つ目、六つ目。 そして最後の塚を見つけた。 「七つ目……」 その瞬間だった。 森の奥から、 カン…… と、金属を叩いたような音が聞こえた。 二人は黙った。 「今の、何?」 「知らない。帰ろう」 ところが、帰ろうとして振り返った瞬間、一人が立ち止まった。 「……なあ」 「どうした?」 「さっき、六つ目って言ったよな?」 「うん」 「じゃあ……あれ、何?」 懐中電灯の先。 そこには、見覚えのない小さな塚があった。 二人は顔を見合わせた。 塚の前には、古びた石が立っている。 そして、その石には薄暗い光の中でもはっきりと、 「七」 という文字が刻まれていた。 「七つ目は、さっき見ただろ」 そう言った瞬間。 背後から、 「ひとつ……」 と、女の声がした。 二人は同時に振り返った。 誰もいない。 「……今、聞こえた?」 返事はない。 その代わり、森の奥から再び声がした。 「ふたつ……」 今度ははっきり聞こえた。 二人は走り出した。 しかし、いくら走っても道路に出られない。 同じ塚が何度も現れる。 一つ。 二つ。 三つ。 気づけば、七つの塚に囲まれていた。 そして、暗闇の中から声が続いた。 「みっつ……」 「よっつ……」 「いつつ……」 「むっつ……」 二人は耳を塞いだ。 それでも声は頭の中に直接響いてくる。 そして最後に、 「ななつ……」 声が止んだ。 静寂が戻った。 二人は恐る恐る目を開けた。 目の前に、最初に見た七つ目の塚があった。 だが、その塚の前に―― 人影が立っていた。 長い髪。 白い服。 顔は見えない。 ただ、こちらを見ている。 そして女は、ゆっくりと手を上げた。 指を一本ずつ折りながら、 今度は逆に数え始めた。 「なな……」...

検見川送信所――最後の電波

深夜、検見川送信所の前に一台の車が停まった。 運転席の男は、古い建物を見上げていた。 かつて日本初の国際放送を送信したというその建物は、今では静まり返り、周囲の住宅街から切り離されたように佇んでいる。 男は心霊スポットの噂を聞き、撮影のためにやって来た。 時計を見る。 午前0時17分。 「何もないじゃん……」 そう呟いた瞬間だった。 ――カン。 建物の奥から、金属を叩くような音がした。 男は息を止めた。 もう一度。 ――カン……カン。 まるで誰かが、内側から壁を叩いている。 だが、建物には人が入れるような場所はない。 男はカメラを向けた。 そのとき、カメラの音声レベルが突然跳ね上がった。 「……ザー……」 何も聞こえないはずなのに、録音には激しいノイズが入っていた。 そして、そのノイズの奥から―― 『……聞こえますか』 男は固まった。 確かに、人の声だった。 慌てて周囲を見回す。 誰もいない。 「誰ですか?」 返事はない。 しかし、数秒後。 『……聞こえますか』 今度は、はっきり聞こえた。 男は怖くなり、車へ戻ろうとした。 その瞬間、建物の窓に人影が立っていることに気づいた。 軍服のような服を着た男だった。 こちらを見ている。 男はカメラを向けた。 ――パッ。 照明を当てた瞬間、人影は消えた。 「……今の、何だ?」 震える手で撮影を確認する。 そこには何も映っていなかった。 ただし、音声だけは残っていた。 『聞こえますか』 そして、最後にもう一つ。 男がその場を離れようとした瞬間、録音にはこんな声が入っていた。 『まだ、送信していません』 男は意味が分からなかった。 だが、その言葉を聞いた直後―― 車のラジオが勝手に点いた。 周波数表示は、存在しないはずの数字を示している。 ザーッというノイズ。 そして、その中から無数の声が聞こえてきた。 『……こちら……検見川……』 『……応答してください……』 『……まだ届いていません……』 男は慌ててラジオを切った。 しかし、電源を切っても声は止まらない。 車内のスピーカーから、今度は一人の男の声が響いた。 『聞こえているなら……返事をしてください』 男は何も答えなかった。 すると、車の外から―― コン。 窓が叩かれた。 男はゆっくり顔を向けた。 窓の向こうに、さっきの軍服姿の男が立っていた。 そして、その男は口を動かした。 ...