亥鼻城跡――夜の城跡に立つ女

千葉の街を見下ろす高台に、かつて亥鼻城があった。

現在では公園として整備され、昼間は人の姿も多い。

しかし、夜になると雰囲気が変わる。

特に、城跡へ続く坂道では、昔から妙な噂が絶えなかった。

「夜中に、誰もいないはずの城跡から女の声が聞こえる」

そんな話だった。

ある夜、一人の男が亥鼻城跡を訪れた。

時刻は午前一時を過ぎていた。

街灯の明かりを頼りに坂道を上っていく。

すると――

「……待って」

背後から、かすかな女の声が聞こえた。

男は足を止めた。

振り返る。

誰もいない。

風が木々を揺らしているだけだった。

「気のせいか……」

そう呟いて歩き出す。

しかし、数歩進んだところで、

「……待ってってば」

今度は、はっきり聞こえた。

しかも声は、すぐ後ろだった。

男は振り返らなかった。

そのまま早足で坂を上った。

やがて城跡に着く。

周囲には誰もいない。

静まり返った公園。

男がスマートフォンを取り出して時間を確認すると、画面には午前一時十三分と表示されていた。

その瞬間だった。

背後から、

「どうして置いていくの?」

と女の声がした。

男は恐る恐る振り返った。

そこには――

白い着物を着た女が立っていた。

顔は長い髪に隠れている。

街灯の下なのに、女の足元だけが妙に暗かった。

男が一歩後ずさる。

すると女も、一歩近づいてくる。

「待って……」

また一歩。

「一緒に帰ろう」

さらに一歩。

男は恐怖で動けなくなった。

そのとき、女がゆっくり顔を上げた。

髪の隙間から見えた顔には――

目がなかった。

男は叫び声を上げ、坂道を転げるようにして逃げ出した。

気がつくと、城跡の入口まで戻っていた。

振り返っても、女の姿はない。

その後、男は二度と夜の亥鼻城跡へ行かなかった。

ただ、一つだけ奇妙なことがあった。

翌朝、スマートフォンを確認すると、昨夜撮った覚えのない写真が一枚保存されていた。

そこには、暗い城跡が写っていた。

そして写真の中央。

男のすぐ後ろに――

白い着物の女が立っていた。

さらに拡大すると、女の口元だけがはっきり写っていた。

まるで笑っているように、

「置いていかないで」

そう言っているように見えたという。

それ以来、亥鼻城跡では夜になると、

誰もいない坂道から女の声が聞こえることがあるという。

「……待って」

その声を聞いても、決して振り返ってはいけない。

なぜなら――

振り返った人間には、

女の姿ではなく、

自分のすぐ隣に立っている“誰か”が見える

と言われているからだ。

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