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野島公園――海から聞こえる声

横浜市金沢区にある野島公園。 昼間は、海を眺めたり、バーベキューを楽しんだり、多くの人が訪れる穏やかな公園だ。 しかし、夜になると、その雰囲気は大きく変わる。 これは、ある男性が友人から聞いた話だ。 その男性は、夜の野島公園を一人で散歩するのが好きだった。 ある夏の夜、時計を見ると午前0時を少し過ぎていた。 人の姿はほとんどなく、遠くから聞こえる車の音と、海の波音だけが響いていた。 男性は展望台へ向かう坂道を歩いていた。 そのときだった。 「……おーい」 後ろから、誰かに呼ばれたような声が聞こえた。 振り返った。 しかし、誰もいない。 気のせいだと思い、そのまま歩き続けた。 すると今度は、海の方向から声がした。 「……こっち……」 男性が海岸のほうを見る。 暗い海の向こうに、何か白いものが浮かんでいる。 最初はビニール袋かと思った。 だが、それは波に揺れながら、少しずつこちらへ近づいてきた。 男性は怖くなり、その場を離れようとした。 その瞬間―― 「助けて……」 今度は、はっきりと聞こえた。 海からだった。 男性は走ってその場を離れた。 しかし、坂道を上っている途中で、ふと足を止めた。 背後から、 「……待って」 という声がしたからだ。 振り返ることはできなかった。 ただ、足元に濡れた砂が落ちていることに気づいた。 さっきまで乾いていたはずの道に、 ぽつ、ぽつ、 と濡れた足跡が続いていた。 しかも、その足跡は海から男性のところまで続いている。 そして―― 男性のすぐ後ろで止まっていた。 その後、男性は二度と夜の野島公園へ行かなくなったという。 ただ、後になって友人から聞いた話がある。 野島公園には、縄文時代の遺跡である野島貝塚や、戦時中に造られた飛行機格納庫跡など、長い歴史を感じさせる場所が残っている。 だからこそ、夜の静かな公園では、昔からそこに残る何かの気配を感じる人がいるのかもしれない。 もちろん、今回の話は創作である。 それでも、もし深夜の野島公園で―― 海から自分の名前を呼ぶ声が聞こえたとしても、 決して振り返らないほうがいい。 その声は、 海から聞こえているとは限らない。

三ツ沢公園――夜のベンチ

横浜にある三ツ沢公園には、昼間には多くの人が訪れる。 しかし、夜になると人の気配は一気に少なくなる。 これは、ある男性が深夜に三ツ沢公園を訪れたときの話だ。 その男性は仕事帰り、少し遠回りをして公園を歩いていた。 時計を見ると、午前0時を過ぎていた。 公園の中は驚くほど静かだった。 遠くを走る車の音は聞こえるものの、園内には風で木の葉が揺れる音しかない。 しばらく歩いていると、男性は一本の遊歩道の脇にベンチがあることに気づいた。 そこには、誰かが座っていた。 白っぽい服を着た女性だった。 「こんな時間に……?」 男性はそう思ったが、特に気にせず、そのまま通り過ぎようとした。 その瞬間だった。 女性が、こちらを向いた。 顔はよく見えなかった。 ただ、男性にはなぜか、 「自分を見ている」 ということだけがはっきり分かった。 気味が悪くなり、男性は歩く速度を上げた。 すると後ろから、 「……待って」 小さな声が聞こえた。 男性は振り返らなかった。 そのまま歩き続ける。 しかし、後ろから足音が聞こえてくる。 ……コツ。 ……コツ。 ……コツ。 一定の間隔で、誰かが歩いてくる。 怖くなった男性は、ついに振り返った。 そこには誰もいなかった。 ベンチにも、遊歩道にも、人影はない。 「気のせいか……」 そう思った男性が前を向いた瞬間だった。 数メートル先の街灯の下に、さっきの女性が立っていた。 男性は息をのんだ。 女性はじっとこちらを見ている。 そして、ゆっくりと口を開いた。 「……どうして、置いていったの?」 男性には意味が分からなかった。 その瞬間、突然街灯が消えた。 辺りが真っ暗になる。 男性は恐怖で走り出した。 公園の出口まで一度も振り返らなかったという。 翌日、男性は友人にその話をした。 すると友人は、 「三ツ沢公園の夜って、あまり一人で歩かないほうがいいらしいよ」 そう言った。 さらに友人は、こんな話を聞かせてくれた。 夜の公園で、誰もいないはずのベンチに女性が座っている。 そして、その女性を見た人が振り返ると、いつの間にか姿が消えている。 ただし―― その場から離れようとすると、後ろから足音がついてくる。 そして最後には、 「どうして置いていったの?」 と声をかけられる。 男性は、その言葉が今でも忘れられないという。 あの女性が誰だったのか。 そして、誰に向かって「...

山手の洋館――夜の窓に立つ女

横浜の山手には、今も多くの古い洋館が残っている。 白い壁、赤い屋根、古い木製の窓。 昼間なら観光客も多く、異国情緒のある美しい街並みとして知られている場所だ。 しかし、夜になると雰囲気が一変する。 これは、山手の洋館を夜に訪れたという、ある男性の話だ。 その男性が山手を歩いていたのは、夜の11時を過ぎた頃だった。 昼間に一度訪れたことがあり、その美しい街並みが気に入っていた彼は、夜の洋館も見てみようと思った。 坂道を上り、街灯の少ない道を歩いていく。 周囲には古い洋館が並んでいる。 窓は暗く、庭にも人の気配はない。 しばらく歩いていると、彼は一軒の洋館の前で足を止めた。 二階の窓。 そこだけ、薄暗い明かりがついていた。 「誰かいるのかな……」 そう思って見上げていると、窓の奥に人影が現れた。 女性だった。 白い服を着た女が、窓の向こうに立っている。 こちらを見ているようだった。 彼は驚いたものの、洋館には管理者や関係者がいるのだろうと思い、そのまま歩き始めた。 ところが―― 数十メートル進んだところで、妙なことに気づいた。 背後から、 コツ…… コツ…… と、靴音が聞こえる。 振り返る。 誰もいない。 気のせいだと思い、再び歩く。 すると、 コツ…… コツ…… 今度は、さっきより近い。 怖くなった彼は、早足で坂を下った。 その途中、何気なく洋館のほうを振り返った。 二階の窓。 先ほどの女が、まだ立っていた。 だが、おかしい。 さっき見たときよりも、明らかに近くに見える。 彼は目を疑った。 そして、次の瞬間―― 女がゆっくりと手を上げた。 まるで、 「こっちへ来て」 と呼んでいるようだった。 彼は走った。 坂を下り、明るい通りまで一気に駆け抜けた。 その夜は何とか何事もなく帰宅したという。 ところが翌朝。 昨夜撮影した写真を整理していると、山手の洋館を撮った一枚に妙なものが写っていた。 二階の窓。 そこには確かに、白い服の女が立っている。 しかし―― 男性が撮影した写真では、洋館の二階に人が立てるような場所は写っていなかった。 そして、写真を拡大してみると、 女の顔には目も鼻も口もなかった。 ただ真っ白な顔で、こちらを向いていた。 それ以来、男性は夜の山手を歩かなくなったという。 昼間なら美しい洋館が並ぶ山手。 しかし、日が落ちたあと、その古い窓をじっと見つめていると...

根岸森林公園――夜の芝生に立つ女

横浜にある根岸森林公園。 昼間は広い芝生と木々に囲まれた、静かで開放的な公園だ。 しかし、夜になると雰囲気が一変する。 これは、ある男性が深夜に公園を通ったときの話だ。 その男性は仕事帰り、少し遠回りになることを知りながら、根岸森林公園の近くを歩いていた。 時計を見ると、午前零時を過ぎていた。 公園の中は人の気配がなく、街灯もところどころしかない。 「さすがに、この時間は誰もいないか……」 そう思いながら歩いていると、広い芝生の向こうに人影が見えた。 一人の女性が立っていた。 白っぽい服を着て、こちらに背を向けている。 こんな時間に、なぜ女性が一人で立っているのか。 男性は少し気になったが、そのまま通り過ぎようとした。 すると―― 女性がゆっくりと振り返った。 距離があったため、顔まではよく見えない。 ただ、こちらをじっと見ていることだけは分かった。 男性は目をそらし、歩く速度を上げた。 すると背後から、 「……待って」 小さな声が聞こえた。 男性は振り返らなかった。 さらに歩く。 すると今度は、 「待って……」 さっきより近い。 まるで後ろから追いかけてきているようだった。 怖くなった男性が、思わず振り返る。 しかし―― 誰もいない。 芝生も、木々も、先ほどと変わらない。 女性の姿は完全に消えていた。 男性は急いで公園を出ようとした。 そのとき、前方の街灯の下に人影が見えた。 ――さっきの女性だった。 今度は、数十メートル先に立っている。 しかも、こちらを向いている。 男性は立ち止まった。 女性も動かない。 ただ、じっとこちらを見ている。 そして次の瞬間―― 女性の姿が、街灯の明かりの中からふっと消えた。 男性は恐ろしくなり、その場から走って逃げたという。 後になって男性が気づいたことがある。 最初に女性を見たとき、彼女はずっと芝生の中央に立っていた。 しかし、その場所には―― 人が立っていたような足跡が、どこにも残っていなかったという。 それ以来、男性は深夜の根岸森林公園には近づかなくなった。 広い芝生のどこかには、今夜も誰かが立っているのかもしれない。 街灯の下に現れる、その女性を――。

旧根岸競馬場――誰もいない観客席

横浜市にある根岸森林公園。 現在は広い芝生と木々に囲まれた穏やかな公園ですが、ここにはかつて、根岸競馬場という大きな競馬場がありました。 その跡地に今も残っているのが、巨大な旧一等馬見所です。 ある男性が、夕方の公園を一人で歩いていた。 日が沈みかけ、あたりが薄暗くなったころだった。 ふと、男性は古びた建物のほうに目を向けた。 ツタに覆われた壁。 いくつもの窓。 そして、まるで建物そのものがこちらを見下ろしているような、不気味な三つの塔。 男性が立ち止まって見上げていると―― 「……カン、カン、カン」 どこからか、乾いた音が聞こえた。 最初は工事か何かだと思った。 しかし周囲には誰もいない。 もう一度、 「カン、カン、カン」 今度は、はっきりと建物の中から聞こえた。 男性が耳を澄ませると、その音に混じって奇妙な声が聞こえてきた。 「……まだ……始まらないのか……」 男性は背筋が凍った。 競馬場は、とっくの昔に閉鎖されている。 それなのに、建物の奥から聞こえてきた声は、まるでレースの開始を待っている観客のようだった。 その瞬間―― 「パカッ……パカッ……」 馬の蹄の音が聞こえた。 しかも一頭ではない。 二頭、三頭……。 次第に数が増えていく。 「パカパカパカパカ……!」 音は建物の中からではなかった。 男性の背後。 公園の芝生の向こうから近づいてきていた。 恐る恐る振り返る。 しかし、そこには誰もいない。 ただ、誰もいない芝生の上を、何かが猛烈な勢いで走り抜けているように草だけが揺れていた。 そして突然、 「ワァァァァ――!」 大勢の歓声が響き渡った。 男性が建物を見上げる。 すると、さっきまで暗かった窓のいくつかに、人影が並んでいる。 一人。 二人。 三人。 数え切れないほどの人影が、こちらを見下ろしていた。 男性は慌ててその場から逃げた。 走っても、背後からは歓声と蹄の音が追いかけてくる。 そして最後に―― 「ドンッ!」 何かが背中にぶつかったような衝撃を感じた。 男性は転倒した。 恐る恐る振り返る。 そこには誰もいなかった。 ただ、地面には奇妙なものが落ちていた。 古びた馬券だった。 男性は拾わず、そのまま逃げ帰った。 翌日。 明るい時間にもう一度確認してみたが、馬券はもちろん、何かが走ったような跡も残っていなかった。 ただ一つだけ、不思議なことがあった。 男性...

横浜外国人墓地――夜の墓地で聞こえた足音

横浜の山手にある外国人墓地。 異国情緒のある街並みの中に、古い墓石が静かに並んでいる。 昼間は観光客の姿も多く、落ち着いた場所に見える。 だが、夜になると雰囲気は一変するという。 これは、ある男性が友人と横浜を訪れたときの話だ。 その日は夜まで山手周辺を歩き回り、帰る前に外国人墓地の近くを通った。 時刻は、夜の11時を過ぎていた。 「もう誰もいないな」 そう言って、男性は墓地の外側に続く道を歩いていた。 そのときだった。 ――コツ。 後ろから、靴音が聞こえた。 振り返る。 しかし、誰もいない。 友人に聞いても、 「何も聞こえないけど?」 と言う。 気のせいだと思い、再び歩き始めた。 すると、 ――コツ、コツ、コツ。 今度は、はっきり聞こえた。 しかも足音は、二人の後ろから一定の距離を保ったままついてくる。 男性が立ち止まる。 すると足音も止まった。 歩き出す。 足音も再びついてくる。 「……誰かいるんじゃないか?」 そう思った男性は、意を決して振り返った。 やはり、誰もいない。 街灯に照らされた道。 古い墓石。 そして、静まり返った墓地。 それだけだった。 ところが、その直後。 友人が小さな声で言った。 「今……墓の中から、音しなかった?」 男性は耳を澄ませた。 ――カツン。 墓石の向こうから、何かを叩くような音が聞こえた。 二人は顔を見合わせた。 もう一度、 ――カツン。 今度ははっきり聞こえた。 まるで、誰かが墓石の内側から叩いているようだった。 二人は急いでその場を離れた。 そして、坂を下り始めたときだった。 男性がふと振り返る。 墓地の奥。 暗闇の中に、白い服を着た人影が立っていた。 距離はかなり離れている。 顔までは見えない。 ただ、その人影は二人のいる方向をじっと見つめていた。 男性がもう一度瞬きをすると、人影は消えていた。 その夜以来、男性は外国人墓地の近くを夜に通ることを避けるようになったという。 そして今でも不思議に思っている。 あの夜、二人の後ろを歩いていた足音は、一体誰のものだったのか。 そして最後に墓地の奥に立っていた、あの白い人影は――。 静かな墓地だからこそ、聞こえてしまうものがある。 見えてしまうものがある。 横浜外国人墓地には、今も多くの人々が眠っている。 だからこそ、夜に訪れるときは、決して軽い気持ちで墓地の奥へ近づかないほうがいい...

ビジネスホテル・トロピカル――午前2時の内線

深夜の街を走っていた私は、雨に降られてしまい、急きょ一軒のビジネスホテルに泊まることにした。 それが「ビジネスホテル・トロピカル」だった。 古い建物だったが、部屋はきれいに整えられていた。受付を済ませ、案内された部屋に入る。 時計を見ると、午前1時40分。 疲れていた私は、シャワーだけ浴びてすぐにベッドへ入った。 しばらくすると―― 「……ジリリリ……」 部屋の電話が鳴った。 こんな時間に誰だろうと思いながら受話器を取る。 「はい……」 返事はない。 ただ、向こう側から小さな呼吸音だけが聞こえていた。 「もしもし?」 その瞬間、電話の向こうから、 「……まだ、いますか?」 女の声がした。 私は意味が分からず、電話を切った。 すると、すぐにまた電話が鳴った。 「ジリリリ……」 今度は怖くなり、出なかった。 しかし電話は何度も鳴り続ける。 やがて鳴らなくなったと思った、その時だった。 部屋のドアの向こうから、 「コン……コン……」 と、控えめなノックが聞こえた。 時計を見る。 午前2時13分。 私はドアを開けなかった。 すると、しばらくして廊下から女性の声がした。 「……すみません」 そして、 「部屋……間違えました」 足音が遠ざかっていく。 ようやく安心した私は、朝まで眠ることにした。 翌朝、チェックアウトの際、昨夜のことを何気なくフロントに尋ねた。 「夜中の2時くらいに、部屋の電話が鳴ったんですが……」 すると、スタッフの表情が一瞬だけ変わった。 「……お客様のお部屋、何号室でしたか?」 部屋番号を伝えると、スタッフは黙り込んだ。 そして、小さな声でこう言った。 「その部屋の内線電話……昨日から故障していて、使えないんです」 私は言葉を失った。 さらにスタッフは、少し迷ったあと、 「実は以前、その部屋で宿泊客の女性が亡くなったことがありまして……」 と話した。 私は昨夜聞いた声を思い出した。 ――まだ、いますか? ホテルを出てからも、あの声は頭から離れなかった。 そして帰宅後、荷物を整理していると、スマートフォンに一件の通知が残っていることに気づいた。 宿泊したホテルからの着信履歴だった。 時刻は―― 午前2時13分。 だが、そのホテルの電話番号から着信した記録は、私が泊まった夜ではなく、 チェックアウトした翌日の午前2時13分 になっていた。

本牧の白い家

横浜・本牧の住宅街には、昔から地元の人が「あの家」と呼んで近づきたがらない、白い家があるという。 その家は、周囲の住宅とは少し離れた場所にぽつんと建っていた。 外壁は古びているものの、かつてはかなり立派な洋館だったらしい。 ただ、不思議なことが一つあった。 夜になると、誰も住んでいないはずの二階の窓に、人影が現れる。 ある夏の夜、近所に住む男性が帰宅途中、その家の前を通りかかった。 時刻は午前一時を過ぎていた。 ふと見ると、二階の窓に白い人影が立っている。 「……誰かいる?」 男性は足を止めた。 カーテンの向こうに、女性らしき姿が見える。 白い服を着て、じっと窓の外を見ている。 しかし、その家には長い間、人が住んでいないことを男性は知っていた。 怖くなった男性は、その場を離れようとした。 その瞬間―― 二階の人影が、ゆっくりと顔をこちらへ向けた。 距離があるため顔は見えない。 だが、次の瞬間。 窓ガラスに、真っ白な手が張り付いた。 男性は走って逃げた。 翌朝、恐る恐る家の前を確認した。 窓には何もなかった。 ところが、窓ガラスの内側には―― 人間の手の形をした、無数の白い跡が残っていたという。 それから数年後。 この家を面白半分に撮影しようとした若者がいた。 夜中、家の前でカメラを回しながら、 「何も起きないじゃん」 と笑っていた。 すると、カメラのマイクに小さな声が入った。 「……帰って」 若者は気づかなかった。 そのまま撮影を続けた。 しかし帰宅後、映像を確認していると異変に気づいた。 撮影中、二階の窓には誰も映っていない。 ところが、映像の最後。 カメラを家から離して歩き始めた瞬間―― 二階の窓に、 白い女性が立っていた。 そして、その女性は窓からこちらを見ていた。 さらに恐ろしいことに、映像を停止すると、 女性の口元がわずかに動いていた。 音量を上げてみる。 そこから聞こえてきた言葉は、 「次は……あなたの家」 だった。 若者は慌てて映像を削除した。 ところが翌朝。 自宅の二階の窓を見ると―― そこには、昨日の映像に映っていたものと同じ、 白い手形が一つだけ残っていた。 それ以来、彼は夜に窓を見ることができなくなったという。 そして本牧では今も、 「白い家の二階を見てはいけない」 ...

緑山峠――夜道に立つ女

深夜一時を過ぎた頃だった。 その夜、男は車で山道を走っていた。 目的地までの近道として、緑山峠を抜けるルートを選んだのだ。 昼間なら何ということのない道だった。 しかし、夜になると雰囲気がまるで違う。 街灯は少なく、ヘッドライトが照らす先だけが白く浮かんでいる。 ラジオもいつの間にか雑音ばかりになっていた。 「……嫌な道だな」 そう呟いた、その時だった。 道路脇に、人が立っていた。 白っぽい服を着た女だった。 こんな時間に、こんな場所で。 男は一瞬迷ったが、そのまま通り過ぎようとした。 すると女が、ゆっくり顔を上げた。 ヘッドライトに照らされた顔は、妙に青白かった。 そして―― 女がこちらに向かって手を上げた。 まるで「乗せて」と言っているようだった。 男はアクセルを踏み込んだ。 その瞬間。 後部座席から、 「……止まって」 という声が聞こえた。 男の背筋が凍った。 車内には、自分一人しかいない。 「誰だ?」 振り返ることができなかった。 すると今度は、耳元で囁くような声がした。 「どうして……置いていくの?」 男は恐怖でハンドルを握りしめた。 そして、バックミラーを見てしまった。 そこには―― 後部座席に、さっき峠道に立っていた女が座っていた。 女は俯いたまま、濡れた髪を垂らしている。 男が悲鳴を上げた瞬間、車のエンジンが突然止まった。 真っ暗になった車内。 数秒後。 後部座席から、ゆっくりと声が聞こえた。 「……ここ、どこ?」 男は震えながら答えた。 「緑山峠……」 すると女は、初めて顔を上げた。 その顔には目がなかった。 そして―― 「じゃあ……帰れないね」 その直後、エンジンが勝手にかかった。 車は男の意思とは関係なく、峠道を走り始めた。 翌朝。 峠の途中で、一台の車が発見された。 車内には誰もいなかった。 ただ、後部座席だけが異様に濡れていたという。 そして運転席の窓には、内側から指で書かれたような文字が残っていた。 ――「次は、あなたを置いていかない」 それ以来、深夜の緑山峠では、 道路脇に立つ女を見たという話が、時々聞かれるようになった。 ただし、その女を見ても―― 決して車を止めてはいけない。 なぜなら、一度乗せてしまうと、 その女が降りる場所は、 峠の途中ではないからだ。

打越橋の下から

午前二時を過ぎた頃だった。 仕事帰りの男は、いつものように打越橋を渡っていた。 昼間なら車の音や人の気配がある場所も、その時間になると妙に静かだった。 橋の上から下を覗く。 暗闇の中に、わずかな街灯が落ちている。 そのときだった。 「……すみません」 小さな声が聞こえた。 男は足を止めた。 誰もいない。 気のせいだと思い、歩き出そうとした瞬間―― 「……すみません」 今度は、はっきり聞こえた。 声は橋の下からだった。 男が恐る恐る下を見る。 すると、橋の下の暗がりに、人影が立っていた。 白っぽい服を着た女だった。 顔は見えない。 ただ、こちらを見上げていることだけは分かった。 男は怖くなり、その場を離れようとした。 しかし―― 「待って……」 女の声が響いた。 男は振り返らなかった。 そのまま早足で橋を渡り、家へ帰った。 翌朝。 男が昨夜のことを思い出しながらスマートフォンを見ると、妙なことに気づいた。 昨夜、橋を渡った時間に撮った覚えのない写真が一枚保存されていた。 写真には、暗い橋の下が写っていた。 そして中央に―― 女が立っていた。 男は震える手で写真を拡大した。 その瞬間、背筋が凍った。 女には顔がなかった。 いや。 正確には、顔がこちらを向いているのに、そこには何もなかった。 男はすぐに写真を消した。 しかし、その日の夜。 ベッドに入った男のスマートフォンが突然鳴った。 画面には、知らない番号から一件のメッセージ。 そこには一言だけ書かれていた。 「昨日、どうして振り返ってくれなかったの?」 男は慌てて電源を切った。 部屋は静まり返った。 そのとき―― 玄関の外から、かすかな声が聞こえた。 「……すみません」 男は息を止めた。 声は、橋の下で聞いたものと同じだった。 そして今度は―― 玄関のすぐ向こう側から聞こえていた。