ビジネスホテル・トロピカル――午前2時の内線

深夜の街を走っていた私は、雨に降られてしまい、急きょ一軒のビジネスホテルに泊まることにした。

それが「ビジネスホテル・トロピカル」だった。

古い建物だったが、部屋はきれいに整えられていた。受付を済ませ、案内された部屋に入る。

時計を見ると、午前1時40分。

疲れていた私は、シャワーだけ浴びてすぐにベッドへ入った。

しばらくすると――

「……ジリリリ……」

部屋の電話が鳴った。

こんな時間に誰だろうと思いながら受話器を取る。

「はい……」

返事はない。

ただ、向こう側から小さな呼吸音だけが聞こえていた。

「もしもし?」

その瞬間、電話の向こうから、

「……まだ、いますか?」

女の声がした。

私は意味が分からず、電話を切った。

すると、すぐにまた電話が鳴った。

「ジリリリ……」

今度は怖くなり、出なかった。

しかし電話は何度も鳴り続ける。

やがて鳴らなくなったと思った、その時だった。

部屋のドアの向こうから、

「コン……コン……」

と、控えめなノックが聞こえた。

時計を見る。

午前2時13分。

私はドアを開けなかった。

すると、しばらくして廊下から女性の声がした。

「……すみません」

そして、

「部屋……間違えました」

足音が遠ざかっていく。

ようやく安心した私は、朝まで眠ることにした。

翌朝、チェックアウトの際、昨夜のことを何気なくフロントに尋ねた。

「夜中の2時くらいに、部屋の電話が鳴ったんですが……」

すると、スタッフの表情が一瞬だけ変わった。

「……お客様のお部屋、何号室でしたか?」

部屋番号を伝えると、スタッフは黙り込んだ。

そして、小さな声でこう言った。

「その部屋の内線電話……昨日から故障していて、使えないんです」

私は言葉を失った。

さらにスタッフは、少し迷ったあと、

「実は以前、その部屋で宿泊客の女性が亡くなったことがありまして……」

と話した。

私は昨夜聞いた声を思い出した。

――まだ、いますか?

ホテルを出てからも、あの声は頭から離れなかった。

そして帰宅後、荷物を整理していると、スマートフォンに一件の通知が残っていることに気づいた。

宿泊したホテルからの着信履歴だった。

時刻は――

午前2時13分。

だが、そのホテルの電話番号から着信した記録は、私が泊まった夜ではなく、

チェックアウトした翌日の午前2時13分になっていた。

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