汀公園――ベンチに座る女
深夜の汀公園は、昼間とはまるで違う場所に見える。 街灯はあるものの、園内には人の姿がほとんどなく、風が吹くたびに木々の葉がざわざわと音を立てていた。 ある夏の夜、仕事帰りの男性が、少し遠回りをして公園を通った。 時計を見ると、午前0時を過ぎていた。 静まり返った園内を歩いていると、前方に一つだけベンチが見えた。 そこに、女が座っていた。 白っぽい服を着て、うつむいたまま動かない。 こんな時間に一人でいることを不思議に思った男性は、なるべく目を合わせないように、その横を通り過ぎようとした。 その瞬間だった。 「……すみません」 小さな声が聞こえた。 男性が振り返る。 女はまだ、うつむいたままだった。 「はい?」 返事をすると、女がゆっくり顔を上げた。 長い髪の隙間から見えた顔は、青白く、生気がない。 そして女は、男性を見つめながら言った。 「ここ……誰か、来ませんでしたか?」 男性は意味が分からず、 「いや……分からないです」 と答えた。 すると女は、少しだけ笑った。 「そうですか……」 その声が妙に耳に残った。 男性は早く立ち去ろうと歩き始めた。 ところが、数メートル進んだところで、背後から―― 「……待って」 また声がした。 振り返る。 しかし、ベンチには誰もいなかった。 「……え?」 男性は周囲を見回した。 女が消えている。 立ち上がってどこかへ行ったのかと思ったが、園内は静まり返ったままだった。 そのとき、男性はベンチの下に何かが落ちていることに気づいた。 白いハンカチだった。 拾おうと近づいた瞬間―― ベンチの裏側から、 「……まだ帰らないで」 という声が聞こえた。 男性は凍りついた。 声は、確かにすぐ目の前から聞こえた。 だが、ベンチの裏には誰もいない。 恐ろしくなった男性は、そのまま公園を飛び出した。 そして後日。 友人にその出来事を話すと、友人はしばらく黙ったあと、こう言った。 「そのベンチ……昔から、夜に女の人が座ってるって話があるよ」 さらに、 「声をかけられても、絶対に振り返るなって」 男性はその言葉を聞いて、背筋が凍った。 あの夜。 最後に聞こえた、 「まだ帰らないで」 という声。 もし、あのときベンチの裏を確かめていたら―― そこには、本当に誰かがいたのかもしれない。 そして今夜も、誰もいないはずの汀公園のベンチに、 ひとりの女が座っている。...