見返り地蔵――振り返ってはいけない峠道
岡山県岡山市。
金山寺へ向かう山道の途中に、ひっそりと立っている大きなお地蔵様がある。
いつからか、その地蔵は「見返り地蔵」と呼ばれるようになった。
その名前の由来について、地元ではこんな噂が囁かれている。
――車で地蔵の前を通ったとき、バックミラーで振り返ってはいけない。
もし見てしまったら……事故に遭う。
ある夏の夜、男は友人と二人で、その山道を車で走っていた。
時刻は午前零時を過ぎていた。
街灯はほとんどなく、ヘッドライトだけが暗い道を照らしている。
「こんなところに、本当に地蔵なんてあるのか?」
助手席の友人がそう言った直後だった。
ヘッドライトの先に、何か大きなものが浮かび上がった。
道路脇に立つ、古い地蔵だった。
男は思わず速度を落とした。
そして、通り過ぎる瞬間――
なぜかバックミラーを見てしまった。
そこには、地蔵の姿が小さく映っていた。
だが、男はすぐに違和感を覚えた。
「……今、地蔵……こっち向いてなかった?」
友人が振り返る。
「何言ってんだよ」
男はもう一度、バックミラーを確認した。
地蔵は……いない。
「え?」
男は慌ててブレーキを踏んだ。
しかし、友人は黙ったまま前を見ている。
「どうした?」
返事がない。
男が横を見る。
友人は青ざめた顔で、後部座席を指差していた。
「……いる」
「何が?」
「後ろ……」
男はゆっくりとルームミラーを見た。
後部座席には誰もいない。
ただ、暗い車内の奥に――
白い顔だけが浮かんでいた。
男は叫び声を上げ、アクセルを踏み込んだ。
車は山道を猛スピードで下っていく。
カーブを曲がるたび、後部座席から、
コン……
コン……
と、何かを叩くような音が聞こえた。
それでも男は振り返らなかった。
そして、ようやく山道を抜けた。
明るい道路に出た瞬間、音は止まった。
二人は何も言わず、そのまま街まで戻った。
翌朝。
男は昨夜のことを確かめるため、車を確認した。
後部座席には、何もなかった。
だが――
後部座席の窓ガラスに、内側から指でなぞったような跡が残っていた。
その跡は、一本の線になっていた。
そして、その線の先には、
「見」
という文字が書かれていた。
男は怖くなり、二度とあの山道には近づかなかった。
それから数年後。
男は友人から、ある話を聞いた。
あの見返り地蔵には、昔から別の噂もあるという。
山へ入る前に地蔵の顔を見て、穏やかに笑っていれば無事に帰れる。
しかし――
地蔵が怒ったような顔をしていたら、その日は山へ入ってはいけない。
そして、最も恐ろしいのが、
「地蔵が笑っているか確認するために、振り返ってはいけない」
という話だった。
なぜなら――
一度振り返った人間には、
地蔵のほうから近づいてくることがあるからだ。
今夜も、山道には大きな地蔵が立っている。
通り過ぎる車を、黙って見送っている。
もしあなたが、その前を車で通ることがあっても――
絶対にバックミラーを見てはいけない。
もし見てしまったとしても……
そこに地蔵が映っているかどうかを、
もう一度確認してはいけない。
二度目に見たとき、
地蔵がさっきより近くに映っていたら――
もう、後ろには何もいないとは限らない。
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