常三島公園――夜のベンチに座る男

徳島市の常三島公園。

昼間は学生や近所の人が行き交う、ごく普通の公園だ。

だが、夜になると人通りは一気に減る。

これは、ある大学生が体験した話だ。

その日は夜遅くまで大学に残っていた。

時計を見ると、午前0時を少し過ぎている。

友人と別れ、一人で帰ろうとしたときだった。

「……少し休んでから帰るか」

そう思い、公園のベンチに腰を下ろした。

辺りは静かだった。

遠くを走る車の音。

木の葉が擦れる音。

それ以外には何も聞こえない。

スマートフォンを見ながら数分ほど過ごしていると、ふと視界の端に人影が入った。

公園の反対側。

街灯の下に、男が立っていた。

黒っぽい服を着ている。

年齢はよく分からない。

ただ、こちらを見ているようだった。

「……誰だ?」

少し気になったものの、深夜の公園で知らない人間をじっと見るのも嫌だった。

彼はスマートフォンに視線を戻した。

すると――

「……まだ、いる」

小さな声が聞こえた。

顔を上げる。

男は、まだ立っていた。

しかも今度は、こちらを向いている。

彼は立ち上がった。

「帰ろう」

そう思って歩き出した。

ところが、公園の出口へ向かって数歩進んだところで、背後から声がした。

「……待って」

振り返る。

誰もいない。

さっきまで男が立っていた街灯の下にも、何もない。

彼は少しだけ安心した。

そして、そのまま公園を出ようとした。

その瞬間だった。

背中に、誰かの視線を感じた。

振り返らない。

なぜか、振り返ってはいけない気がした。

そのまま歩く。

すると後ろから、

「……なんで帰るの?」

今度は、はっきり聞こえた。

彼は走った。

公園を出て、道路を渡り、明るい場所まで一気に駆けた。

ようやく振り返る。

誰も追ってきていない。

その日は、そのまま帰宅した。

翌朝。

大学へ向かう途中、昨夜のことが気になった彼は、もう一度公園を見に行った。

そして、ベンチの前で足を止めた。

昨夜、自分が座っていたベンチ。

その座面に、黒い汚れのようなものが付いている。

よく見ると、それは泥だった。

まるで――

濡れた靴で誰かが何度もそこに立ったような跡だった。

不思議に思っていると、近くを掃除していた年配の男性が声をかけてきた。

「そこ、昨日も座ってた?」

彼は驚いて答えた。

「はい……どうして分かったんですか?」

男性は少し黙ってから言った。

「いや……最近、夜になるとあのベンチに誰か座ってるって話を聞くから」

「誰かって?」

男性は答えなかった。

ただ、ベンチの向かい側にある街灯を見た。

そして小さな声で、

「座ってるんじゃない」

と言った。

「……帰る人を、見てるんだよ」

その言葉を聞いた瞬間。

彼の背中に、冷たいものが走った。

昨夜、最後に聞いた声。

――なんで帰るの?

あれは、自分に向けられた言葉だったのだろうか。

それ以来、彼は夜の常三島公園には近づいていない。

ただ、一度だけ。

深夜に友人と車で公園の前を通ったことがある。

そのとき友人が突然、

「なあ……あそこ」

と呟いた。

見ると、公園のベンチに誰かが座っていた。

街灯に照らされた横顔。

黒い服。

そして、その人物はゆっくりと顔を上げた。

車の中にいる二人を見ている。

友人がアクセルを踏んだ。

車が公園の前を通り過ぎる。

彼は後ろを見なかった。

だが、助手席にいた友人が震える声で言った。

「……今、あの人」

「何?」

「笑ってた」

それから二人は、二度とその話をしなかった。

ただ、その友人は今でも言うらしい。

深夜に常三島公園の前を通ると――

誰もいないはずのベンチに、誰かが座っているように見える。

そして、その人物は決まって、

道路を走る車を眺めている。

まるで――

次に帰ってくる人間を、待っているかのように。

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