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宇都宮城址公園――土塁の向こう側

夜の宇都宮城址公園は、昼間とはまるで違う顔を見せる。 ライトアップされた櫓や土塁は美しく、街の明かりも近い。 けれど、城跡という場所には、どうしても静かな怖さが残っている。 これは、ある男性が夜の公園を歩いたときの話だ。 その日は仕事帰りだった。 少し遠回りをして、公園の中を歩いて帰ることにした。 時刻は午後9時を少し過ぎていた。 公園を歩いていると、土塁の上から、 「……カン、カン」 という乾いた音が聞こえてきた。 最初は工事か何かだと思った。 しかし、その日は工事の予定などない。 気になった男性は、音のする方向へ歩いていった。 すると、土塁の向こうに人影が見えた。 暗い服を着た男が、じっと立っている。 「こんな時間に……?」 声をかけようとした、その瞬間だった。 男がこちらを振り向いた。 顔は見えなかった。 ただ、手に何かを持っている。 細長い棒のようなものだった。 そして男は、こちらを見るなり、 「まだ……来るのか」 と呟いた。 男性は意味が分からず、その場を離れた。 ところが、背後から足音が聞こえてくる。 一歩。 また一歩。 ゆっくりと近づいてくる。 振り返っても誰もいない。 それでも足音だけは続いていた。 「……カン、カン」 今度は足音ではなかった。 最初に聞こえた、あの乾いた音だった。 男性は怖くなり、足早に公園を出た。 そして翌日、気になって宇都宮城の歴史を調べてみた。 宇都宮城は戊辰戦争で焼失し、その後、城の建物の多くが失われたという。 さらに男性は、昨夜立っていた場所を地図で確認した。 すると、そこはかつての宇都宮城の本丸付近だった。 その夜から、男性は同じ夢を見るようになった。 燃える城。 走り回る人々。 そして、土塁の上に立つ一人の男。 男は毎回、同じ言葉を口にする。 「まだ……終わっていない」 ある晩、男性は夢の中で男に尋ねた。 「何が終わっていないんですか?」 男はゆっくり振り返った。 そして、初めてその顔が見えた。 顔は――なかった。 ただ黒い穴のようなものが、そこに二つ開いていた。 男は静かに指を差した。 その先にあったのは、今の宇都宮城址公園だった。 そこで男性は目を覚ました。 しかし、部屋の中には誰もいない。 ただ、窓の外から―― 「……カン、カン」 乾いた音が二度だけ聞こえた。 それ以来、男性は夜の宇都宮城址公園には近づいていない...

八幡山公園――夜の展望台

宇都宮の八幡山公園には、昼間なら家族連れや散歩をする人たちの姿がある。 しかし、夜になると公園は一気に静かになる。 これは、ある若者が深夜に八幡山公園を訪れたときの話だ。 その夜、彼は友人と別れたあと、一人で公園を歩いていた。 時刻は午前0時を少し過ぎた頃。 街灯の明かりを頼りに坂道を上っていると、前方に人影が見えた。 白い服を着た女性だった。 女性は公園の奥へ向かって、ゆっくり歩いている。 「こんな時間に?」 そう思いながらも、彼は気にせず後を歩いた。 ところが、女性が突然立ち止まった。 そして、こちらを振り返った。 顔はよく見えなかった。 ただ、じっとこちらを見ていることだけは分かった。 彼が立ち止まると、女性も動かない。 しばらくすると、女性は再び歩き始めた。 そのまま展望台の方へ向かっていく。 彼もなぜか、その後を追ってしまった。 展望台に着いたとき、女性の姿は消えていた。 周囲を見回しても誰もいない。 「帰ったのかな……」 そう呟いた瞬間だった。 背後から、 「ねえ……」 と、女の声がした。 振り返る。 誰もいない。 しかし、すぐ耳元で、 「どうしてついてきたの?」 と、もう一度声がした。 恐ろしくなった彼は、何も確認せず一気に階段を駆け下りた。 そして公園の外まで逃げた。 翌朝、彼は昨夜撮影した写真を何気なく確認した。 すると、展望台で撮ったはずのない一枚の写真が残っていた。 そこには、暗い公園の中に立つ自分の後ろ姿。 そして、そのすぐ後ろには―― 白い服の女性が立っていた。 女性の顔は、写真ではっきりとこちらを向いていた。 だが、彼が最も恐ろしく感じたのは、その表情だった。 女性は笑っていた。 まるで、 「今度はあなたが、ここに残る番」 そう言っているかのように。 それ以来、彼は夜の八幡山公園には二度と近づかなくなったという。

大谷観音――岩壁の向こうから

夜の大谷観音には、昼間とはまったく違う空気が流れている。 大谷寺は大谷石の岩壁に包まれるように建っており、堂内には岩そのものに刻まれた石仏が並んでいる。 その場所を、ある男が夜に訪れた。 もちろん、寺の中に入るつもりはなかった。 ただ、周辺の道を車で通り、少しだけ歩いてみようと思ったのだ。 時計を見ると、午後十一時を過ぎていた。 周囲には誰もいない。 街灯の明かりも岩壁に遮られ、少し先は真っ暗だった。 男が大谷観音の近くまで歩いてきたときだった。 「……コン、コン」 どこからか、石を叩くような音が聞こえた。 最初は風の音だと思った。 しかし、 「コン……コン……」 一定の間隔で、何度も続いている。 男は音のする方向へ顔を向けた。 そこには巨大な岩壁があるだけだった。 耳を澄ます。 すると今度は、 「コン……コン……コン……」 明らかに、岩の向こう側から聞こえてくる。 誰かが中から石を叩いている。 そう思った瞬間、男の背中に冷たい汗が流れた。 大谷の岩壁には、かつて採石に使われた場所や、古い横穴の跡が残っている。 「誰かいるんですか?」 思わず声をかけてしまった。 音が止まった。 静寂。 男は少し安心した。 だが―― 「……いるよ」 背後から声がした。 男は振り返った。 誰もいない。 ただ、暗闇の中に大谷観音の岩壁が立っている。 そして、もう一度。 「コン……コン……」 今度は、すぐ目の前。 男が岩壁を見ると、そこに小さな黒い穴が開いていることに気づいた。 昼間なら気にも留めないような、小さな隙間だった。 その奥から、 「……こっち」 という声がした。 男は一歩後ずさった。 その瞬間、スマートフォンが震えた。 画面を見る。 撮影していた覚えのない写真が一枚、保存されていた。 そこに写っていたのは、大谷観音だった。 しかし、何かがおかしい。 岩壁に刻まれた観音像の顔の下。 本来なら何もないはずの場所に、 人の顔がいくつも写っていた。 しかも全員がこちらを見ている。 男は慌てて写真を消した。 そして走って車へ戻った。 エンジンをかけ、急いでその場を離れる。 しばらく走ったところで、ようやく落ち着いた。 「気のせいだ……」 そう呟いた。 そのときだった。 カーナビの画面が勝手に切り替わった。 現在地を示しているはずの画面に、 見覚えのない文字が表示されていた。 ――大谷観音...

大谷資料館――地下から聞こえる足音

夜の大谷町には、昼間とはまるで違う空気が流れている。 観光客の姿が消え、周囲が静まり返ると、大谷資料館の巨大な石壁は、街灯の明かりを受けながら暗闇の中に浮かび上がる。 ある男性が、友人と大谷資料館を訪れたときのことだった。 その日は昼間に館内を見学したあと、周辺を歩いていた。 地下採掘場跡は、巨大な柱と壁がどこまでも続いているように見えた。 「ここ、夜に来たら相当怖そうだな」 男性がそう言うと、友人は笑った。 「じゃあ、夜に来てみる?」 冗談半分の約束だった。 その日の夜。 二人は資料館周辺まで戻ってきた。 もちろん、地下施設の中へ入るつもりはなかった。 ただ、周辺を歩いているだけだった。 すると――。 コツ……コツ…… どこからか、石を叩くような音が聞こえた。 二人は立ち止まった。 「今の音、聞こえた?」 耳を澄ます。 コツ……コツ……コツ…… 今度は、はっきり聞こえた。 しかも音は、二人のいる場所へ少しずつ近づいている。 「誰かいるのかな」 そう言って懐中電灯を向ける。 しかし、そこには誰もいない。 ただ、大谷石の壁が暗闇の中に続いているだけだった。 二人は気味が悪くなり、その場を離れようとした。 その瞬間だった。 背後から、 「まだ、終わってない」 と、低い声が聞こえた。 二人は振り返った。 誰もいない。 だが、地面を見ると、奇妙なものが残っていた。 細かな石の粉が、暗闇の奥からこちらへ向かって一直線に続いている。 まるで誰かが、石を削りながら歩いてきたようだった。 怖くなった二人は、急いでその場を離れた。 翌日。 男性は、昨夜撮影した写真を確認した。 そこには、暗い石壁しか写っていなかった。 ところが、一枚だけおかしな写真があった。 巨大な柱の向こう側。 そこに、 作業服を着た人影 が立っていた。 顔は見えない。 手には、石を削るための道具を持っている。 そして、その人物の足元には――。 昨日聞いたものと同じ、細かな石の粉が大量に落ちていた。 男性は写真を消した。 しかし、その後も不思議なことが続いた。 夜になると、自宅の壁の向こうから、 コツ……コツ…… という音が聞こえるようになったという。 最初は気のせいだと思った。 だが、数日後。 音は壁の中か...

長岡百穴古墳――穴の奥から聞こえる声

日が暮れる少し前、私は長岡百穴古墳を訪れた。 山の斜面に並ぶ無数の横穴。 薄暗くなった古墳群は、昼間に見るよりもずっと不気味だった。 入口から中を覗いてみる。 当然、そこには何もない。 そう思っていた。 「……こっちへ来て」 突然、背後から声が聞こえた。 振り返っても、誰もいない。 風の音だろう。 そう考えて、もう一度穴の中を覗いた。 すると今度は―― 「……こっち」 明らかに穴の奥から声がした。 私は思わず後ずさった。 声のした横穴をスマートフォンのライトで照らしてみる。 奥行きはそれほど深くない。 誰かが隠れているようにも見えない。 しかし、ライトを消した瞬間。 穴の奥から、小さく何かを擦る音がした。 ザッ……ザッ…… まるで誰かが、暗闇の中を這ってこちらへ近づいているような音だった。 怖くなった私は、その場を離れようとした。 その瞬間だった。 周囲に並ぶ別の穴からも、声が聞こえ始めた。 「……ここ」 「……いるよ」 「……見つけて」 一つではない。 二つ、三つ。 やがて、無数の穴から声が重なっていく。 私は走ってその場を離れた。 しばらくして振り返る。 すると、さっきまで誰もいなかった古墳の前に―― 白い服を着た人影が立っていた。 顔は見えない。 ただ、その人物は私のいる方向をじっと見つめていた。 そして、ゆっくりと手を上げる。 指差した先は、私が先ほど覗き込んだ横穴だった。 その瞬間、スマートフォンが突然震えた。 画面には、さっき撮影した写真が表示されていた。 そこには横穴しか写っていない。 ……はずだった。 拡大してみる。 穴の奥。 暗闇の中に、誰かの顔が写っていた。 そして、その顔の口元は―― 「おいで」 そう言っているように見えた。 私は二度と、その写真を開くことができなかった。

大谷グランド・センター――岩山に残った男

夜の大谷町は、昼間とはまるで別の場所だった。 岩山に囲まれた道を、私は一人で歩いていた。 目的地は、かつて「山本園大谷グランドセンター」と呼ばれていた建物。 長い間、人の気配が消えていたその場所には、いつしか奇妙な噂が広がっていた。 ――夜になると、建物の中から男の声が聞こえる。 ――誰もいないはずなのに、階段を上ってくる足音がする。 そんな話だった。 もちろん、私は噂を信じていたわけではない。 ただ、その建物がどんな場所だったのか、この目で確かめてみたかった。 建物を見上げる。 岩山と一体になったような外観。 長い年月を過ごした建物には、独特の重さがあった。 そのときだった。 「……カツン」 背後で、小さな音がした。 振り返る。 誰もいない。 風で石でも転がったのだろう。 そう思って歩き出した。 しかし、 「カツン……カツン……」 今度は二回。 しかも、音は明らかに近づいていた。 私は立ち止まった。 すると、建物の奥から、 「……まだ、帰らないのか」 男の声がした。 低く、かすれた声だった。 一瞬、誰かがいるのかと思った。 だが、建物の中には誰もいない。 私は怖くなり、その場を離れようとした。 その瞬間。 目の前の暗い窓に、何かが映った。 自分の姿ではない。 後ろに、男が立っていた。 作業着のような服を着て、じっとこちらを見ている。 私は反射的に振り返った。 当然、誰もいない。 もう一度窓を見る。 男は消えていた。 そして、その代わりに窓ガラスへ、白い文字のようなものが浮かんでいた。 「ここは、まだ終わっていない」 私は走ってその場を離れた。 翌日、撮影した写真を確認してみると、一枚だけ妙な写真が残っていた。 建物の窓を撮った写真。 そこには、誰もいないはずの室内に、一人の男が立っていた。 そして、その男の視線は―― カメラではなく、 私が立っていた場所を見つめていた。 大谷グランド・センターには、かつて多くの人が訪れ、長い時間を経て一度は人の気配が消えた歴史があります。現在は再び人が集まる場所として新たな時間を刻んでいます。 それでも、もし夜の静かな大谷町で、 「カツン……カツン……」 と、石を踏むような音が聞こえたら―― 振り返らないほうがいい。 その音は、 ...

首切り山――夜の山道

栃木県の山あいに、「首切り山」と呼ばれる場所がある。 その名前を聞いたとき、誰もが同じことを思う。 ――なぜ、そんな名前がついたのか。 ある夜、二人の若者が肝試しのため、その山へ向かった。 時刻は午前一時を過ぎていた。 山道を車で進んでいると、突然、助手席の男が窓の外を指さした。 「今……誰か歩いてなかった?」 運転していた男が振り返る。 しかし、そこには誰もいない。 ただ、車のヘッドライトに照らされた細い山道が続いているだけだった。 そのまま車を進めていると、カーブの先に古い木製の標識が見えた。 そこには、薄く消えかかった文字で、 「この先、入るな」 と書かれていた。 二人は笑いながら車を降りた。 そして、スマートフォンのライトを頼りに、山道を歩き始めた。 しばらくすると、後ろから、 「……待って」 という声が聞こえた。 二人は同時に振り返った。 誰もいない。 「今、俺たち以外に誰かいた?」 そう話していると、また声がした。 今度は、すぐ耳元だった。 「……待って」 二人は慌てて走り出した。 すると、前方の木々の間に、人影が立っているのが見えた。 白い服を着た人物だった。 顔は見えない。 ただ、その人物は二人をじっと見つめているようだった。 「逃げろ!」 二人は来た道を必死に戻った。 しかし、いくら走っても車が見えてこない。 やがて一人が足を止めた。 「……おかしい」 もう一人が振り返る。 「どうした?」 男は震える手で、山道の奥を指さした。 「俺たち……最初から、あの人の前を通ってないか?」 その瞬間、二人の背後から、 コツ…… コツ…… と、ゆっくり足音が近づいてきた。 振り返ることができなかった。 足音は少しずつ近づき、 やがて二人のすぐ後ろで止まった。 そして―― 「首……置いていけ」 低い声が聞こえた。 二人は悲鳴を上げながら走った。 その後、ようやく車まで戻ることができたが、二人とも何が起きたのかを説明できなかったという。 ただ、一人のスマートフォンには、山の中で撮影した覚えのない写真が一枚だけ残っていた。 真っ暗な山道。 その中央に、白い服の人物が立っている。 そして写真の上部。 木の枝の間から見えていたのは―― こちらを覗き込む、人の頭だった。 この話が本当にあったことなのか、それとも「首切り山」という名前から生まれた噂なのか。 真相は分からない。...

宇都宮藩処刑場跡――「数える声」

 深夜、宇都宮の古い道を歩いていた。 昼間なら何の変哲もない場所だった。 しかし、そこには昔、宇都宮藩の処刑場があったという。 「夜になると、変な声が聞こえるらしいよ」 そう聞かされていた私は、半分は興味本位で、その場所を訪れた。 午前一時を過ぎた頃。 周囲には人影がない。 風もほとんどなく、聞こえるのは遠くを走る車の音だけだった。 スマートフォンのライトを頼りに歩いていると、突然―― 「……ひとつ」 背後から、低い声がした。 振り返った。 誰もいない。 気のせいだと思い、再び歩き始める。 「……ふたつ」 今度は、はっきり聞こえた。 声は、すぐ後ろにいるようだった。 怖くなって歩く速度を上げた。 すると、 「……みっつ」 また聞こえた。 その瞬間、スマートフォンの画面が暗くなった。 電池は十分残っている。 何度電源を入れようとしても、画面は真っ黒だった。 そして―― 「……よっつ」 声がした。 今度は耳元だった。 私は振り返ることができなかった。 ただ、足元を見ると、地面に奇妙な影が伸びていた。 自分の影ではない。 人の影が、ひとつ。 そして、もうひとつ。 さらに、もうひとつ。 暗闇の中から、何人もの影が私の足元へ集まってきていた。 「……いつつ」 声がする。 私は無我夢中で走った。 何度も転びそうになりながら、来た道を戻った。 ようやく明るい道路まで出たところで、スマートフォンが突然点いた。 画面を見る。 録音アプリが勝手に起動していた。 そこには、さっきまで録音した覚えのない音声ファイルが一件残っていた。 再生すると―― しばらく無音だった。 そして最後に、 「……ひとつ」 低い声が入っていた。 その直後、 「……ふたつ」 「……みっつ」 「……よっつ」 「……いつつ」 声は続いていた。 だが、私は途中で再生を止めた。 なぜなら―― その数え声の最後に、 自分の声が混ざっていたからだ。 「……むっつ」 それから私は、その場所には二度と近づかなかった。 しかし数日後。 深夜、自宅で眠っていると、部屋の外から小さな声が聞こえた。 「……むっつ」 目を覚ました。 誰もいない。 しばらくすると、 「……ななつ」 声は、少しずつ近づいてくる。 そして最後に―― 耳元で、こう聞こえた。 「……やっつ」 その瞬間、部屋の電気が消えた。 暗闇の中で、誰かが小さく笑った。...

土堂原刑場跡 ――「数え間違えた一人」

夜の土堂原刑場跡には、妙な噂があった。 「夜に行くと、誰かに人数を数えられる」 そんな話だった。 ある夏の夜、肝試しに訪れた数人の若者がいた。 懐中電灯を頼りに、静かな道を歩いていく。 「ここが刑場跡か……」 周囲には人の気配がない。 風もないのに、木々の葉だけがカサカサと揺れていた。 そのときだった。 「……いち」 どこからか、低い声が聞こえた。 全員が立ち止まった。 「今、誰か喋った?」 「気のせいだろ」 そう言って歩き出す。 すると、また聞こえた。 「……に」 今度は全員が聞いた。 声は、すぐ後ろから聞こえたようだった。 振り返っても、誰もいない。 「……さん」 三度目の声。 恐ろしくなった一人が、人数を確認した。 「一、二、三、四……五人いる」 確かに五人だった。 「じゃあ、さっきの声は何なんだよ」 誰も答えなかった。 そのまま帰ろうとした瞬間―― 「……ろく」 全員の顔から血の気が引いた。 五人しかいない。 なのに、誰かが「六」と数えた。 慌てて車へ戻る。 そして車に乗り込んだところで、一人がふと後部座席を見た。 「……え?」 そこには、誰もいないはずの座席に、黒い影が座っていた。 人の形をしている。 しかし、顔だけが見えない。 「誰……?」 影はゆっくりと顔を上げた。 そして、小さな声で言った。 「……ひとり、足りない」 その瞬間、車のエンジンが勝手に止まった。 車内が真っ暗になる。 誰も動けない。 すると、外から足音が聞こえてきた。 ザッ……ザッ……ザッ…… 車の周囲を、何かが歩いている。 一周。 二周。 三周。 そして運転席の窓の前で足音が止まった。 コン、コン。 窓を叩く音。 誰も外を見られなかった。 やがて、耳元で声がした。 「……数えてみろ」 恐る恐る人数を確認する。 一人。 二人。 三人。 四人。 ――五人。 全員いる。 そう思った瞬間、後部座席から声がした。 「……六人」 全員が凍りついた。 ゆっくり振り返る。 そこには、さっきまでいなかったはずの「六人目」が座っていた。 その顔を見た瞬間、全員が悲鳴を上げた。 顔には目も鼻も口もなかった。 ただ、真っ黒な顔の中央に、小さな口だけが開いていた。 そして、その口が笑った。 「今度は、間違えなかった」 翌朝。 その場所には、誰もいなかった。 車だけが残されていた。 そして車内の窓には、内側から指...

首切り地蔵

山あいの細い道を進んだ先に、古びた地蔵が立っていた。 その地蔵には、昔から奇妙な噂があった。 ――夜に地蔵の前を通ると、首を切られる。 もちろん、そんな話を信じる人は少なかった。 ある夜、肝試しに訪れた数人の若者が、その地蔵の前までやって来た。 懐中電灯で照らすと、苔むした地蔵が静かに立っている。 「これが首切り地蔵か……」 誰かが笑いながら、地蔵の首に触れた。 その瞬間だった。 カン……。 背後から、石を叩いたような音が聞こえた。 全員が振り返った。 だが、そこには誰もいない。 「気のせいだろ」 そう言って歩き出したとき、一人が立ち止まった。 「……なあ」 声が震えている。 「地蔵の首……さっきより傾いてないか?」 全員が振り返った。 確かに、地蔵の首は先ほどより大きく横を向いていた。 そして、地蔵の足元には、見覚えのない赤黒い跡がいくつも続いていた。 「帰ろう」 誰かがそう言った。 その直後―― カン……。 また音がした。 今度はすぐ後ろ。 全員が一斉に振り向く。 そこには、地蔵が立っていた。 いや―― 地蔵ではなかった。 暗闇の中に、首から上だけが浮かんでいた。 ゆっくりとこちらを向きながら、口だけが動いた。 「……返せ」 翌朝。 山道には、若者たちの車だけが残されていた。 そして首切り地蔵は、いつものように静かに立っていた。 ただ一つ、以前とは違うところがあった。 地蔵の足元に置かれた小さな石に、 新しい文字が刻まれていた。 ――「次は、首を持ってくるな」 それ以来、夜にその場所を通る人は、決して地蔵を振り返らなくなったという。