虎口池キャンプ場――夜の池から聞こえる声

夏の終わり、友人と二人で虎口池キャンプ場を訪れた。

昼間は穏やかな場所だった。

木々に囲まれたキャンプ場には、時折鳥の声が響き、池の水面には風で小さな波紋が広がっていた。

僕たちは夕方から焚き火を囲み、酒を飲みながらくだらない話をしていた。

ところが、夜の十時を過ぎた頃だった。

友人が突然、池のほうを見た。

「……今、誰かいなかった?」

「え?」

僕も池を見る。

もちろん誰もいない。

暗闇の向こうに、黒い水面が見えるだけだった。

「気のせいだろ」

そう言って笑ったが、友人は妙に真剣な顔をしていた。

それからしばらくして、テントに入ろうとした時だった。

池の方向から、

「……おーい」

小さな声が聞こえた。

僕たちは顔を見合わせた。

今度は僕にも聞こえた。

「誰かいるのか?」

返事はない。

ただ、しばらくすると、

「……おーい」

また聞こえた。

声は池のほうからだった。

懐中電灯を持って確認しに行こうとすると、友人が腕をつかんだ。

「やめよう」

「なんで?」

「さっきから……声が一人じゃない気がする」

意味が分からなかった。

しかし、そう言われると急に怖くなった。

僕たちはテントに入り、入口を閉めた。

その直後だった。

外から、

ザッ……ザッ……

と、誰かが歩く音が聞こえてきた。

テントの周りを、一周している。

足音はゆっくりだった。

僕は息を殺した。

友人も何も言わない。

やがて足音はテントの正面で止まった。

……しばらく沈黙が続く。

そして、

「……ここにいる?」

女の声がした。

僕は思わず友人の腕をつかんだ。

外に誰かいる。

そう思った。

けれど、友人は首を横に振った。

そして震える声で言った。

「今の声……池から聞こえた」

その瞬間、

テントの外から、

ポタッ……

ポタッ……

と、水が落ちる音がした。

まるで濡れた誰かが、テントのすぐ横に立っているようだった。

僕たちは朝まで一睡もできなかった。

空が明るくなり始めると、恐る恐る外へ出た。

テントの周囲には誰もいない。

だが、地面には奇妙なものが残っていた。

濡れた足跡だった。

裸足のような足跡が、池の方向からテントまで続いている。

そして、その足跡はテントの前で途切れていた。

池へ戻った跡は、どこにもなかった。

僕たちは何も言わず荷物をまとめ、その場を離れた。

帰りの車の中で、友人がぽつりと言った。

「昨日の夜さ……最後に聞こえた声、覚えてる?」

「……うん」

友人は青ざめた顔で続けた。

「『ここにいる?』じゃない」

「じゃあ、なんて言ってた?」

友人はしばらく黙ったあと、

「……『ここにいるよ』って言ってた」

そう答えた。

あの夜、池のそばに何がいたのか。

そして、なぜ僕たちのテントまで来たのか。

今でも分からない。

ただ一つだけ確かなのは――

あの夜以来、僕は夜の池を見ることができなくなったということだ。

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