検見川送信所――最後の電波
深夜、検見川送信所の前に一台の車が停まった。
運転席の男は、古い建物を見上げていた。
かつて日本初の国際放送を送信したというその建物は、今では静まり返り、周囲の住宅街から切り離されたように佇んでいる。
男は心霊スポットの噂を聞き、撮影のためにやって来た。
時計を見る。
午前0時17分。
「何もないじゃん……」
そう呟いた瞬間だった。
――カン。
建物の奥から、金属を叩くような音がした。
男は息を止めた。
もう一度。
――カン……カン。
まるで誰かが、内側から壁を叩いている。
だが、建物には人が入れるような場所はない。
男はカメラを向けた。
そのとき、カメラの音声レベルが突然跳ね上がった。
「……ザー……」
何も聞こえないはずなのに、録音には激しいノイズが入っていた。
そして、そのノイズの奥から――
『……聞こえますか』
男は固まった。
確かに、人の声だった。
慌てて周囲を見回す。
誰もいない。
「誰ですか?」
返事はない。
しかし、数秒後。
『……聞こえますか』
今度は、はっきり聞こえた。
男は怖くなり、車へ戻ろうとした。
その瞬間、建物の窓に人影が立っていることに気づいた。
軍服のような服を着た男だった。
こちらを見ている。
男はカメラを向けた。
――パッ。
照明を当てた瞬間、人影は消えた。
「……今の、何だ?」
震える手で撮影を確認する。
そこには何も映っていなかった。
ただし、音声だけは残っていた。
『聞こえますか』
そして、最後にもう一つ。
男がその場を離れようとした瞬間、録音にはこんな声が入っていた。
『まだ、送信していません』
男は意味が分からなかった。
だが、その言葉を聞いた直後――
車のラジオが勝手に点いた。
周波数表示は、存在しないはずの数字を示している。
ザーッというノイズ。
そして、その中から無数の声が聞こえてきた。
『……こちら……検見川……』
『……応答してください……』
『……まだ届いていません……』
男は慌ててラジオを切った。
しかし、電源を切っても声は止まらない。
車内のスピーカーから、今度は一人の男の声が響いた。
『聞こえているなら……返事をしてください』
男は何も答えなかった。
すると、車の外から――
コン。
窓が叩かれた。
男はゆっくり顔を向けた。
窓の向こうに、さっきの軍服姿の男が立っていた。
そして、その男は口を動かした。
声は聞こえない。
だが、唇の動きだけははっきり分かった。
――「聞こえますか?」
翌朝。
検見川送信所の近くに、昨夜の車は残されていた。
しかし、運転していた男の姿はなかった。
車内に残されていたカメラには、最後の映像だけが記録されていた。
真っ暗な画面。
そして、午前0時31分。
画面の奥から、かすかな声が聞こえる。
『こちら検見川送信所』
少し間を置いて、
『……これより、最後の送信を開始します』
その直後。
画面が真っ黒になった。
そして現在でも、深夜に送信所の近くを通ると、ラジオに奇妙なノイズが入ることがあるという。
そのノイズをよく聞くと――
誰かが、こう呼びかけている。
『……聞こえますか?』
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