オタモイ海岸の「呼ぶ声」
北海道の小樽にあるオタモイ海岸。
切り立った断崖と青い海に囲まれたその場所は、昼間なら美しい景色を楽しめる場所だ。
けれど、地元では昔から、海岸周辺で「妙な声を聞いた」という話が囁かれていた。
ある夏の夕方、一人の男がオタモイ海岸を訪れた。
観光客の姿も少なくなり、辺りは次第に薄暗くなっていた。
男が海を眺めていると――
「……ねえ」
背後から、女の声がした。
振り返った。
誰もいない。
気のせいだと思い、再び海を見る。
すると今度は、海のほうから声が聞こえた。
「……こっちに来て」
男は思わず海岸へ目を向けた。
波打ち際に、白い服を着た女が立っている。
しかし、距離があるうえ、顔は長い髪に隠れていてよく見えない。
男が一歩近づくと、女も一歩こちらへ近づいてきた。
さらに一歩。
女も一歩。
そして、男が気づいた。
――おかしい。
女は海の上に立っていた。
足元には波が打ち寄せている。
それなのに、沈んでいない。
男が後ずさった瞬間、女が顔を上げた。
髪の隙間から見えた顔には、目も鼻もなかった。
ただ、真っ黒な穴のようなものが二つあるだけだった。
「……どうして帰るの?」
声がした。
その瞬間、海岸全体に大きな波音が響いた。
男は夢中で走った。
振り返ることはできなかった。
背後から、ずっと女の声が追いかけてくる。
「待って……」
「ねえ……」
「一緒に来て……」
ようやく駐車場まで戻った男は、車に飛び乗り、その場を離れた。
自宅に戻ったのは夜遅くだった。
疲れ果てた男は、そのまま眠った。
翌朝。
スマートフォンを見ると、昨夜撮った覚えのない写真が一枚保存されていた。
オタモイ海岸の海を撮影した写真だった。
男は震えながら写真を拡大した。
海の中央に、小さな白いものが写っている。
さらに拡大する。
それは――
白い服を着た女だった。
そして写真の端には、もう一人。
昨夜の男自身が写っていた。
海を見ながら立っている自分の背後に、女がぴったりと寄り添っていた。
その顔には、目も鼻もなかった。
ただ、男の耳元で何かを囁いているように見えた。
男はすぐに写真を削除した。
しかし――
削除したはずの写真は、数分後に再びスマートフォンに現れた。
今度の写真には、海岸は写っていなかった。
暗い部屋の中。
眠っている男のベッド。
そして、その枕元に立つ白い女。
写真の下には、見覚えのない文字が表示されていた。
「次は、海まで来なくていいよ」
それ以来、男は海の音が怖くなった。
風の強い夜になると、家の中にいても聞こえるのだという。
――波の音に混じって。
「……こっちに来て」
と。
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