椎ノ木峠トンネル――後ろから聞こえる足音

深夜、友人と二人で椎ノ木峠トンネルを訪れた。

山の中は驚くほど静かだった。

車のエンジンを切ると、聞こえるのは風の音と、どこかで木の枝が擦れる音だけ。

懐中電灯を手に、トンネルの入口へ向かった。

入口から中を照らしてみる。

光はほんの数メートル先で闇に飲み込まれていた。

「行ってみようぜ」

友人にそう言われ、二人で歩き始めた。

トンネルの中は異様に湿っていた。

一歩進むたびに、

――ペタ。

――ペタ。

靴音が壁に反響する。

しばらくすると、友人が突然立ち止まった。

「……今、誰か歩いてなかった?」

「何が?」

「俺たちの後ろ」

振り返った。

もちろん、誰もいない。

入口の小さな明かりだけが、遠くに見えている。

「気のせいだろ」

そう言って、再び歩き始めた。

だが、その直後だった。

――ペタ。

背後から、足音がした。

今度は二人とも聞いた。

ゆっくりと、一歩。

また一歩。

こちらへ近づいてくる。

振り返る。

誰もいない。

懐中電灯を後ろへ向けても、真っ暗な壁があるだけだった。

それでも足音は止まらない。

――ペタ……。

――ペタ……。

まるで、見えない何かが二人のすぐ後ろを歩いている。

怖くなった友人が、

「もう戻ろう」

と言った。

二人で入口へ向かって走り出した。

ところが、何度走っても出口が近づいてこない。

それどころか、背後の足音だけがどんどん近づいてくる。

――ペタ、ペタ、ペタ。

そして突然、

耳元で小さな声がした。

「……待って」

二人とも凍りついた。

声は、確かにすぐ後ろから聞こえた。

振り返ってはいけない。

そう思った。

しかし友人が耐えきれず、ゆっくり振り返った。

その瞬間、

友人の顔から血の気が引いた。

「……いる」

「何が?」

「後ろに……いる」

友人はトンネルの奥を指差していた。

だが、そこには何も見えない。

次の瞬間、友人が突然、

「走れ!」

と叫んだ。

二人で必死に出口へ走った。

今度はすぐに外へ出ることができた。

車まで戻り、慌ててエンジンをかける。

そしてトンネルを見ると――

入口の暗闇の中に、

誰かが立っていた。

遠すぎて顔は見えない。

ただ、その人物はゆっくりとこちらへ歩いてきていた。

――ペタ。

――ペタ。

足音が聞こえる。

車を急発進させ、その場から逃げた。

翌日、友人から一枚の写真が送られてきた。

昨夜、トンネルの中で撮った写真だった。

そこには二人の背中が写っていた。

そして二人のすぐ後ろ。

誰もいなかったはずの場所に、

黒い人影が立っていた。

しかも、その影は――

二人の背中に手を伸ばしていた。

それ以来、友人は椎ノ木峠トンネルの話を一切しなくなった。

ただ、一度だけこう言ったという。

「写真を撮ったときじゃない……」

「俺たちが気づかなかっただけで、最初からずっと後ろにいたんだと思う」

そして今でも、あのトンネルでは夜になると、

誰もいないはずの場所から、

――ペタ。

――ペタ。

と、誰かが歩くような音が聞こえるという。

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