空港ホテル――深夜の廊下に立つ男

愛媛の空港近くにある、少し古びたホテル。

空港から近いため、早朝の便に乗る人や、仕事で遅く到着した人がよく利用するホテルだった。

そのホテルに、仕事で泊まった男性がいた。

到着したのは夜の十一時を過ぎた頃。

フロントで鍵を受け取り、エレベーターに乗る。

「お疲れ様です」

フロントの男性がそう言ったあと、なぜか少し間を置いてから、

「……もし夜中に廊下で人を見ても、気にしないでくださいね」

と言った。

男性は冗談だと思った。

「幽霊でも出るんですか?」

そう笑うと、フロントの男性は曖昧に笑っただけだった。

部屋は五階。

エレベーターを降りると、長い廊下が左右に伸びていた。

時間が遅かったせいか、廊下には誰もいない。

男性は部屋に入り、シャワーを浴びて、そのまま眠った。

午前二時過ぎ。

突然、目が覚めた。

何か音がした気がした。

「……コン、コン」

ドアを叩くような音だった。

男性はベッドの上でじっと耳を澄ませた。

すると、また聞こえた。

「コン……コン……」

間違いなく、部屋のドアからだった。

こんな時間に誰だと思い、男性はドアの覗き穴を確認した。

しかし、廊下には誰もいない。

照明だけが、妙に白く光っている。

男性はしばらく覗き穴を見つめたあと、ベッドへ戻った。

すると――

今度はドアのすぐ向こうから、

「……すみません」

という男の声が聞こえた。

男性は固まった。

低く、かすれた声だった。

「部屋、間違えてませんか?」

返事はない。

しばらく沈黙が続いた。

やがて、

「……ここじゃない」

と声がした。

その瞬間、男性は背筋が凍った。

ドアの向こうにいる何かは、自分に話しかけているわけではない。

まるで、

誰かを探しているようだった。

男性は布団の中で息を殺した。

すると廊下から、ゆっくりと何かを引きずるような音が聞こえてきた。

ズ……

ズ……

ズ……

音は部屋の前から離れていく。

ところが、数秒後。

音が止まった。

そして――

今度は天井から、

「……コン、コン」

と音がした。

男性は恐る恐る天井を見上げた。

当然、そこには何もない。

だが、その直後。

部屋の電話が鳴った。

「……!」

男性は飛び起きた。

午前二時半。

こんな時間にホテルから電話が来る理由などない。

しばらく迷った末、受話器を取った。

「はい……」

返事はなかった。

ただ、向こう側から微かな雑音が聞こえている。

そして数秒後。

受話器の奥から、さっきと同じ男の声がした。

「……まだ、そこにいるんですか?」

男性は何も答えられなかった。

すると電話の向こうで、

「……廊下に出ないでください」

と囁いた。

その瞬間だった。

部屋のドアノブが、

ゆっくり回った。

ガチャ……

ガチャ……

鍵は掛かっている。

それでもドアノブは何度も動いた。

男性はベッドの隅で震えながら、ドアを見つめ続けた。

やがて、ドアノブの動きが止まった。

静かになった。

そして――

ドアの下の隙間から、何かが見えた。

人の足だった。

裸足の足が、廊下側からこちらを向いて立っている。

男性は声を出せなかった。

その足はしばらく動かなかった。

ところが突然、

ゆっくりと横へ滑るように動き始めた。

まるで、足だけが歩いているように。

そして、ドアの前から消えた。

男性は一睡もできなかった。

翌朝、チェックアウトの際、昨夜のことをフロントに話した。

すると受付の男性は、しばらく黙った。

そして小さな声で、

「……またですか」

と言った。

男性が詳しく聞くと、フロントの男性は困ったような顔をして、

「夜中に廊下で男を見た、という話は以前からあるんです」

と話した。

ただ、そのホテルでは――

そんな男が働いていた記録はなかった。

さらに奇妙だったのは、宿泊客が見たという男の特徴が、ほぼ全員一致していたことだった。

古い服。

俯いた顔。

そして――

裸足。

男性はホテルを出てから、二度とそのホテルには泊まらなかった。

それから数か月後。

仕事で再び愛媛を訪れた男性は、別のホテルに泊まった。

午前二時。

部屋の中で眠っていると、

「コン、コン」

という音で目を覚ました。

男性は飛び起きた。

聞き間違いではない。

誰かが部屋のドアを叩いている。

恐る恐る覗き穴を見る。

そこには――

誰もいなかった。

男性が息を止めていると、ドアの向こうから低い声がした。

「……ここじゃない」

そして、

「……まだ、そこにいるんですか?」

その声を聞いた瞬間、男性は気づいた。

あのホテルから離れたはずなのに。

あの夜、廊下にいたものは――

ホテルにいたのではなかった。

男性が恐怖で動けなくなっていると、

ドアの下の隙間に、

ゆっくりと二本の裸足が現れた。

今度は――

部屋の中へ向かっていた。

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