花山トンネル――後ろから聞こえる足音
夜の山道を走っていた。
時刻は午前1時を少し過ぎた頃だった。
昼間なら何ということのない道だったが、夜になると周囲には街灯もほとんどなく、車のヘッドライトだけが暗闇を切り裂いていた。
その先に、花山トンネルがあった。
友人と二人で車に乗っていた私は、トンネルの手前で車を止めた。
「ちょっとだけ歩いてみようぜ」
友人にそう言われ、二人で車を降りた。
トンネルの中は驚くほど静かだった。
風の音も聞こえない。
ただ、二人の足音だけが、コツ……コツ……と響いている。
しばらく歩いたところで、友人が突然立ち止まった。
「……今、聞こえた?」
「何が?」
「足音」
私は笑った。
「俺たちの足音だろ」
すると友人は首を横に振った。
「違う。俺たちの後ろから聞こえた」
そう言われ、二人で振り返った。
当然、そこには誰もいない。
暗いトンネルが続いているだけだった。
「気のせいだろ」
そう言って歩き始めた。
すると――
コツ。
後ろから、一歩。
コツ……。
また一歩。
明らかに足音が聞こえた。
しかも、その音は少しずつ近づいてくる。
私たちは無言になった。
歩く速度を上げる。
すると後ろの足音も速くなる。
コツ、コツ、コツ……。
ついには、走っているような音になった。
「走れ!」
友人が叫んだ。
二人で出口に向かって走った。
ようやくトンネルの出口が見えた。
その瞬間、背後から――
「待って……」
小さな声が聞こえた。
私は思わず振り返りそうになった。
しかし友人が、
「絶対に振り返るな!」
と叫んだ。
そのまま二人で外へ飛び出した。
車まで戻り、急いで乗り込む。
エンジンをかけようとした、その時だった。
後部座席から、
コツ……。
小さな音がした。
二人とも固まった。
コツ……コツ……。
誰かが、後部座席の床を歩いている。
恐る恐るバックミラーを見る。
そこには誰もいなかった。
しかし、鏡の端に――
白い手だけが映っていた。
友人がアクセルを踏み込み、車は暗い山道を一気に下っていった。
それ以来、私たちは花山トンネルに近づいていない。
ただ、後になって車の後部座席を撮影した写真を確認した時、
私たちはもう一つの異変に気づいた。
写真の後部座席には、誰も座っていなかった。
それなのに――
座席には、誰かが座っていたような、
人の形をした濡れた跡が残っていたという。
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