ホテルアメリカ――深夜に鳴る内線電話
そのホテルには、昔から妙な噂があった。
「夜中の三時に、誰もいない部屋から電話がかかってくる」
場所は、人通りの少ない山あい。
かつては多くの客で賑わっていたというが、いつしか利用者も減り、建物にはどこか寂れた空気が漂っていた。
ある夏の夜、私は友人二人と、そのホテルを訪れた。
時刻は午前二時を少し回ったころだった。
「本当に電話なんて鳴るのか?」
友人の一人が笑いながら言った。
私たちは噂を確かめるため、空いていた一室に入った。
部屋の中は古く、壁紙はところどころ剥がれていた。
電話機も昔のまま残されている。
午前二時五十分。
特に何も起きない。
三人とも少し飽き始めていた、そのときだった。
――ジリリリリ……。
突然、部屋の電話が鳴った。
「うわっ!」
全員が飛び上がった。
私は恐る恐る受話器を取った。
「……もしもし?」
返事はない。
ただ、受話器の向こうから、
――ザ……ザ……。
という、砂嵐のような音だけが聞こえていた。
「誰だよ?」
友人が横から覗き込む。
その瞬間。
受話器の奥から、小さな女の声が聞こえた。
「……まだ、いますか?」
私は言葉を失った。
「誰ですか?」
そう聞き返す。
すると、女は小さな声で答えた。
「……部屋を、間違えました」
そこで電話は切れた。
三人で顔を見合わせた。
気味が悪かったが、いたずらだろうと思うことにした。
ところが――。
午前三時。
今度は、部屋のドアが三回叩かれた。
コン……。
コン……。
コン……。
「誰?」
返事はない。
覗き穴を見ても、廊下には誰もいない。
そして、もう一度。
コン……。
今度は、すぐ目の前から聞こえた。
「……開けて」
女の声だった。
私たちは動けなかった。
すると突然、電話が鳴った。
――ジリリリリ……。
三人とも電話を見つめた。
受話器を取る勇気はない。
しかし電話は、何度も鳴り続ける。
やがて友人が意を決して受話器を取った。
「もしもし……」
すると、電話の向こうから女の声がした。
「……そこ、私の部屋です」
友人の顔から血の気が引いた。
「何言ってるんですか?」
「……ずっと待ってるんです」
「誰を?」
しばらく沈黙が続いた。
そして女は、こう言った。
「あなたたちを」
その瞬間。
部屋の照明が消えた。
真っ暗になった室内で、誰かの足音が聞こえた。
ペタ……。
ペタ……。
ペタ……。
廊下ではない。
部屋の中だった。
私たち以外、誰もいないはずの部屋の中を、誰かが歩いている。
そして足音は、私のすぐ後ろで止まった。
耳元に、冷たい息がかかった。
「……やっと、見つけた」
私たちは叫びながら部屋を飛び出した。
ホテルを出て車に乗り込み、無我夢中でその場を離れた。
翌朝。
私は昨夜のことを確かめるため、ホテルについて調べた。
すると、古い記録の中に気になる話を見つけた。
かつて、そのホテルでは一人の女性客が夜中に突然姿を消したという。
部屋には荷物も残されていた。
ただ一つだけ、奇妙なものがあった。
部屋の電話機。
受話器が外れたままになっていたという。
そして、その部屋番号は――。
私たちが昨夜泊まった部屋と同じだった。
私はその事実を知った瞬間、背筋が凍った。
だが、本当に恐ろしかったのは、その日の夜だった。
自宅で眠ろうとしていると、枕元に置いたスマートフォンが突然鳴った。
表示された着信番号は――。
存在しない番号。
恐る恐る出る。
「……もしもし?」
しばらく沈黙したあと。
あの女の声が聞こえた。
「……部屋、間違えてました」
そして最後に、こう続けた。
「今度は、あなたの部屋です」
――その瞬間、玄関のドアが三回鳴った。
コン……。
コン……。
コン……。
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