日本平パークウェイの歩道橋
深夜の日本平パークウェイ。
車のヘッドライトが、山道のカーブを一つずつ照らしていた。
男は以前から気になっていた場所があった。
――日本平にある、古い歩道橋。
なぜ、こんな山道に歩道橋があるのか。
周囲には民家もなく、夜になれば人の姿などほとんどない。
それなのに、昔からこの歩道橋では「少女が立っている」という噂があった。
男は車を路肩に停め、懐中電灯を手に歩き始めた。
しばらくすると、木々の隙間から古びた歩道橋が見えた。
「……これか」
錆びた階段。
暗闇に浮かぶ橋。
男が階段を上り始めた、そのときだった。
――カン。
橋の反対側から、何かを踏む音がした。
「誰かいる?」
返事はない。
もう一度、男が歩く。
――カン。
また音がする。
今度は、明らかに自分の足音ではなかった。
男は懐中電灯を向けた。
何もいない。
しかし、橋の中央付近に差しかかった瞬間だった。
背後から、
「……おじちゃん」
小さな声が聞こえた。
男の身体が固まった。
ゆっくり振り返る。
そこには、白い服を着た少女が立っていた。
長い髪。
俯いた顔。
そして、裸足。
男は声を失った。
少女は一歩ずつ近づいてくる。
ペタ……。
ペタ……。
裸足のはずなのに、足音だけが妙にはっきり聞こえた。
男は恐怖に耐えきれず、階段を駆け下りた。
車まで走り、ドアを開けて飛び込む。
エンジンをかける。
その瞬間――
助手席の窓を、
コン。
と、小さな手が叩いた。
男は叫びながらアクセルを踏んだ。
バックミラーを見る。
歩道橋はどんどん遠ざかっていく。
だが、少女の姿だけは消えなかった。
少女は橋の上に立ったまま、こちらを見ている。
そして男は気づいた。
少女は泣いていた。
口を動かしている。
何かを言っている。
男は車を走らせながら、必死にバックミラーを見た。
そして最後に、少女の言葉が聞こえた気がした。
――「ここ、渡れないの」
その瞬間、男は背筋が凍った。
少女が立っていた場所の先には、もう道がなかった。
歩道橋の向こう側は、深い木々に覆われていた。
少女は橋を渡っているのではない。
ずっと、
橋の途中で立ち止まっていたのだ。
それから数日後。
男はもう一度、日本平を訪れた。
だが、そこに歩道橋はなかった。
撤去されていた。
男は安心した。
「あれは夢だったんだ」
そう思いながら車に戻ろうとした、そのとき。
道路脇に、小さな白い靴が一足だけ置かれているのを見つけた。
そして、その横には――
小さな足跡が二つ。
山の中へ向かって、
ずっと続いていた。
男はその場から一歩も動けなかった。
なぜなら、その足跡は土の上ではなく、
舗装された道路の上に残っていたからだ。
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