将軍塚――夜の山道で聞こえた足音
夜の将軍塚は、昼間とはまるで違う顔をしていた。
街の明かりを遠くに眺めながら、男は一人、山道を歩いていた。
時間は午前一時を過ぎている。
風はほとんどなく、木々も静かだった。
ただ、時折どこからともなく、
「……カサ……カサ……」
と、枯れ葉を踏むような音が聞こえてくる。
男は最初、野生動物だと思った。
しかし、その音は少しずつ近づいてきた。
カサ……。
カサ……。
そして、男が立ち止まると、音も止まった。
「……?」
振り返っても、そこには誰もいない。
懐中電灯で周囲を照らしてみても、見えるのは木々と暗闇だけだった。
気のせいだ。
そう思って再び歩き始めた。
すると――
今度は、はっきりと聞こえた。
「……ザッ」
一歩。
背後から、誰かが地面を踏んだ音だった。
男は振り返った。
誰もいない。
しかし、奇妙なことに、さっきまで無風だった山道に冷たい風が吹き抜けた。
そして、その瞬間。
遠くの暗闇から、
「……まだ、帰らないのか」
低い男の声が聞こえた。
男は凍りついた。
周囲には誰もいない。
声がした方向へ懐中電灯を向けても、何も見えない。
怖くなった男は、急いで来た道を戻り始めた。
ところが――
背後から足音がついてくる。
ザッ……。
ザッ……。
男が歩けば、足音も歩く。
男が走れば、足音も走る。
しかも、その距離は少しずつ縮まっていた。
「来るな……」
男は振り返らずに走った。
やがて山道を抜け、車のところまでたどり着いた。
慌ててドアを開け、車内に飛び込む。
エンジンをかけようとした、その時だった。
助手席の窓が、
コン……
と、小さく叩かれた。
男は息を止めた。
ゆっくりと窓を見る。
そこには――
誰もいなかった。
安心しかけた、その瞬間。
今度は後部座席から、
「……まだ、帰らないのか」
さっきと同じ声が聞こえた。
男は恐る恐るバックミラーを見た。
後部座席には、誰もいない。
だが、鏡の端にだけ――
古い軍服のような服を着た男の姿が映っていた。
男は声にならない悲鳴を上げ、車を急発進させた。
その後、男は二度と夜の将軍塚へ近づかなかったという。
そして奇妙なことに、帰宅してから撮影していたスマートフォンの動画を確認すると、山道を歩いている途中の映像に、
「ザッ……ザッ……」
という足音が、男の足音とは別に録音されていた。
さらに最後の数秒。
画面の奥にある暗い木々の間から、一瞬だけ人影が現れていた。
その人影は、男が振り返るたびに――
少しずつ近づいていた。
将軍塚には、今もさまざまな噂が残っている。
ただの風の音なのか。
野生動物だったのか。
それとも――
夜の山道を歩く人間の後ろを、今も誰かがついて歩いているのか。
それを確かめるために、夜の将軍塚へ行くのはおすすめできない。
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