屋島隧道――後ろから聞こえる足音
香川県高松市、屋島へ向かう道の途中にある古い隧道。
昼間なら、ただの静かな山道に見える。
しかし、地元では昔から、この隧道について妙な噂があった。
「夜中に一人で通ると、後ろから足音がついてくる」
ある夏の夜、友人と二人で屋島隧道を訪れた。
時刻は午前0時を少し回った頃。
車のヘッドライトが、暗い隧道の入口を照らした。
「……思ったより長いな」
友人がそう言いながら車を走らせる。
隧道の中に入った瞬間、車内が急に静かになった。
エンジン音だけが、壁に反響している。
そして、隧道の中央付近まで来たときだった。
――コツ……。
後ろから、何かを叩くような音が聞こえた。
「今の聞いた?」
友人が振り返る。
「いや、気のせいだろ」
そう答えた直後。
――コツ、コツ、コツ。
今度ははっきり聞こえた。
まるで、誰かが車の後ろを歩いているような音だった。
バックミラーを見る。
だが、そこには真っ暗な隧道しか映っていない。
「誰か歩いてるんじゃない?」
友人が笑った。
しかし、その声には明らかに震えがあった。
車を少し進める。
すると――
足音も、一緒についてくる。
――コツ、コツ、コツ。
速度を上げる。
足音も速くなる。
そして出口が見え始めた、その瞬間。
車の後部座席から、
「……待って」
女の声がした。
二人とも凍りついた。
後部座席には、誰も乗せていない。
恐る恐る振り返る。
そこには誰もいなかった。
「今、聞こえたよな……?」
友人が小さな声で呟く。
その瞬間、車が隧道の出口へ出た。
二人は何も言わず、そのまま屋島を離れた。
翌朝。
車を確認すると、後部座席の窓に奇妙な跡が残っていた。
内側から指でなぞったような、
五本の指の跡。
そして、その跡のすぐ下には――
濡れた足跡が一つだけ残っていた。
車の中には、水をこぼした跡などなかった。
それ以来、二人は夜の屋島隧道には近づかなくなった。
だが、友人は後になって一つだけ気になることを思い出したという。
あの夜、後部座席から聞こえた女の声。
「……待って」
その声には続きがあった。
録音を聞き返したとき、かすかにこう聞こえたという。
「……一人にしないで」
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