赤城山の白い家――窓の向こう
赤城山の山道を走っていると、木々の隙間から、真っ白な建物が見えることがある。
それは、周囲の景色から取り残されたように建っていた。
白い壁。
黒く汚れた窓。
そして、誰も住んでいないはずなのに、なぜか一階の窓だけが妙にきれいだった。
ある夜、二人の若者がその家を見に行った。
車を少し離れた場所に停め、懐中電灯を持って歩いていく。
家の前に立った瞬間、二人は同時に違和感を覚えた。
風が止まったのだ。
木々のざわめきも、虫の声も聞こえない。
ただ、家の中から――
「コン……コン……」
小さな音が聞こえていた。
誰かが窓を叩いている。
「誰かいるのか?」
一人が声をかけた。
返事はない。
しかし、懐中電灯を窓に向けた瞬間だった。
二階の奥にある窓に、白い顔のようなものが浮かんだ。
二人は慌てて後ずさった。
だが、それは顔ではなかった。
窓ガラスに貼りついた、白い紙だった。
そこには、黒い文字で一言だけ書かれていた。
「まだ帰ってない」
意味が分からない。
そのとき、背後から――
「コン……コン……」
今度は、家の中ではなかった。
二人の車の窓を、誰かが叩いていた。
慌てて振り返る。
そこには誰もいない。
しかし車を見ると、助手席側の窓に、手形がいくつも付いていた。
内側から押しつけたような、白い手形だった。
二人は走って車へ戻った。
エンジンをかけ、山道を下っていく。
しばらくして、助手席の男がふと後ろを振り返った。
白い家が見える。
そして――
二階の窓に、誰かが立っていた。
白い服を着た人影だった。
その人物は、こちらを見つめながら、ゆっくりと手を振っている。
車がカーブを曲がり、家が見えなくなった。
「もう大丈夫だろ」
そう言って前を向いた瞬間。
助手席の男が凍りついた。
ダッシュボードの上に、一枚の白い紙が置かれていた。
そこには、さっきと同じ文字が書かれていた。
「まだ帰ってない」
そして、その紙の裏側には――
二人の乗った車を、後部座席から撮影したような写真が貼られていた。
二人は、その夜以来、二度と赤城山の白い家には近づかなかった。
ただ、不思議なことが一つだけあった。
写真には二人しか写っていなかった。
――後部座席には、誰もいなかったはずなのに。
写真の端には、白い服を着た人影の手だけが、二人の肩にそっと置かれていた。
コメント
コメントを投稿