佐賀県立森林公園――千人塚の女
夜の佐賀県立森林公園は、昼間とはまるで別の場所だった。
昼間なら、子どもたちの声やスポーツをする人々で賑わう公園。
しかし、日が落ちると木々の間には濃い闇が広がり、風が止まると、妙なほど静かになる。
その夜、私は友人と二人で公園を訪れていた。
目的は、園内にある「千人塚」。
ここには、かつて嘉瀬刑場があったという噂があり、刑死者を供養するための塚が残されているといわれている。
もちろん、私たちはそんな話を半分冗談だと思っていた。
「何もないじゃん」
友人が笑いながら、千人塚の近くでスマートフォンを取り出した。
その瞬間だった。
――カツ。
背後から、足音が聞こえた。
「……今、聞こえた?」
二人とも黙った。
――カツ、カツ、カツ。
誰かが、ゆっくり近づいてくる。
振り返る。
しかし、そこには誰もいない。
「風じゃない?」
そう言って歩き出した。
ところが、足音も一緒についてくる。
――カツ。
――カツ。
――カツ。
まるで、私たちのすぐ後ろを誰かが歩いている。
怖くなった私たちは、急いでその場を離れた。
すると突然、友人が立ち止まった。
「……待って」
「どうした?」
友人は青ざめた顔で、スマートフォンの画面を見つめていた。
「写真……変なんだけど」
さっき千人塚の前で撮った写真だった。
そこには私たち二人が写っている。
だが――
二人の間に、見知らぬ女が立っていた。
長い髪。
白っぽい服。
そして、顔が見えない。
「消せよ」
私がそう言うと、友人は無言で写真を削除した。
その瞬間。
――カツ。
また足音がした。
今度は、目の前から。
二人で顔を上げる。
暗闇の向こうから、女が歩いてくる。
ゆっくり。
ゆっくりと。
しかし、何かがおかしい。
女の足元が見えない。
まるで地面から少し浮いたまま、こちらへ近づいている。
「逃げろ!」
友人が叫んだ。
私たちは夢中で走った。
背後から、女の声が聞こえた。
「……待って……」
振り返らなかった。
公園の出口まで走り、車に飛び乗る。
エンジンをかける。
すると友人が突然、震える声で言った。
「……なあ」
「何?」
「後部座席……見てみろ」
嫌な予感がした。
ゆっくりとバックミラーを見る。
誰もいない。
「何も――」
そう言いかけた瞬間。
車の後部座席から、
――コン、コン。
窓を叩く音がした。
そして、耳元で女の声がした。
「……どうして置いていくの?」
翌朝。
友人のスマートフォンを確認すると、昨夜削除したはずの写真が一枚だけ残っていた。
そこには、車の後部座席に座る女が写っていた。
そして写真の隅には、昨日までなかったはずの文字があった。
「次は、ひとりで来て」
それ以来、私たちは二度と佐賀県立森林公園へ行っていない。
ただ――
友人のスマートフォンには今でも、ときどき知らない女性からの着信が入る。
名前は表示されない。
ただ、着信画面には毎回、
「千人塚」
とだけ表示されるという。
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