大阪城・山里丸――誰もいない石段
夜の大阪城公園には、昼間とはまったく違う空気が漂う場所がある。
その一つが、山里丸だった。
昼間は観光客の姿も多く、石垣や木々を眺めながら歩くことができる。
しかし、夜になると人の気配が急に薄くなる。
ある夏の夜、私は友人と二人で大阪城公園を歩いていた。
時計を見ると、午後11時を過ぎていた。
「そろそろ帰ろうか」
そう言って歩き始めたとき、友人が山里丸の方を見た。
「……今、誰かいたよな?」
私は振り返った。
暗い石段の近くに、白っぽい服を着た人影が立っている。
距離はかなりあった。
顔までは見えない。
「人じゃない?」
そう言いながら、もう一度目を凝らした。
しかし、その瞬間。
人影は消えていた。
「え?」
二人で顔を見合わせた。
石段の周囲には隠れるような場所もない。
それなのに、誰もいない。
気味が悪くなり、その場を離れようとした。
すると――
背後から、
カツ……
カツ……
と、石段を誰かが降りてくる音が聞こえた。
私たちは振り返らなかった。
足音は、一段ずつゆっくり近づいてくる。
カツ……
カツ……
カツ……
「……走るぞ」
友人が小さな声で言った。
二人で歩く速度を上げた。
しかし、足音も同じようについてくる。
カツ、カツ、カツ――
やがて私たちは山里丸を離れ、明るい場所まで出た。
そこでようやく振り返った。
誰もいなかった。
「気のせいだったのかな」
友人がそう言った直後だった。
スマートフォンが鳴った。
見ると、知らない番号から着信が入っている。
怖かったが、なぜか出てしまった。
『……もしもし』
返事はない。
ただ、電話の向こうから、
カツ……
カツ……
という音が聞こえてきた。
石段を誰かが歩いているような音だった。
「切るぞ」
そう言って電話を切ろうとした、その瞬間。
受話口から、かすかな声が聞こえた。
「……まだ、そこにいる」
二人とも凍りついた。
そして友人が、震える手でスマートフォンの画面を見た。
着信履歴に表示された番号は――
自分たちの番号だった。
その夜以来、友人は山里丸に近づかなくなった。
そして私も、夜の大阪城を見るたびに思い出す。
あの石段を歩いていたものは、本当に私たちの後ろにいたのだろうか。
それとも――
今も誰かが、山里丸の暗い石段を、
一段ずつ、
ゆっくりと降り続けているのだろうか。
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