いもんた――夜道に立つ女

香川県の山あいに、「いもんた」と呼ばれる場所がある。

昼間に訪れれば、ただ静かな山道にしか見えない。

しかし、地元では昔から、

「夜に一人で近づくな」

そう言われてきた。

特に恐れられているのが、夜道に現れるという女の姿だった。

ある夏の夜、大学生の男三人が、肝試しのためにいもんたを訪れた。

時刻は午前一時を過ぎていた。

車のライトが山道を照らす。

「本当に何もないな」

一人が笑った。

すると、後部座席にいた男が突然、黙り込んだ。

「……なあ」

「どうした?」

「今、道路の端に女いなかった?」

二人は振り返った。

だが、そこには誰もいない。

「見間違いだろ」

そう言って車を走らせた。

しばらくすると、カーナビの画面がおかしくなった。

現在地を示す矢印が、何度も同じ場所をぐるぐる回っている。

「道、間違えてないよな?」

運転していた男がそう言った瞬間だった。

車の前方に、人影が現れた。

白い服を着た女だった。

道の真ん中に立ち、こちらを向いている。

運転手は慌ててブレーキを踏んだ。

しかし――

女は動かなかった。

クラクションを鳴らしても、ライトをハイビームにしても、ただじっと車を見つめている。

そして、後部座席の男が震える声で言った。

「……あの女、足がない」

三人が目を凝らす。

確かに、女の身体は腰から下が暗闇に溶け込んでいた。

次の瞬間。

女の顔が、ゆっくりと上を向いた。

そして車のフロントガラス越しに、三人を見つめた。

その口が動いた。

声は聞こえない。

だが、三人には何を言っているのか分かった。

「……帰るの?」

その瞬間、車内のライトがすべて消えた。

真っ暗になった車内で、誰かが叫んだ。

そして数秒後、ライトが戻ったとき――

道路には、もう女はいなかった。

三人は無言のまま車を走らせ、山を下りた。

翌朝。

車を確認すると、後部座席の窓に、内側から手形が残っていた。

しかも、その手形は三人の誰のものよりも大きかった。

さらに奇妙なことが一つあった。

ドライブレコーダーを確認すると、女が映っていた時間だけ、映像が完全に途切れていた。

ただし――

音声だけは残っていた。

再生してみると、車内の三人の声に混じって、女の声が入っていた。

「……一人、置いていって」

三人は顔を見合わせた。

そして、その日からだった。

後部座席に座っていた男だけが、毎晩同じ夢を見るようになった。

暗い山道に、一人で立っている夢。

目の前には、あの女がいる。

女はいつも同じ言葉を繰り返す。

「どうして、置いていったの?」

そして最後には必ず――

男のすぐ後ろから、もう一つの声が聞こえるという。

「……次は、誰を置いていく?」

コメント