甲府城跡――石垣の向こうに立つ女
夜の甲府城跡は、昼間とはまるで違う顔を見せる。
昼間は観光客の姿もあり、石垣や天守台を眺めながら歩くことができる場所だ。
しかし、日が落ちると人の気配は急に少なくなる。
これは、そんな夜の甲府城跡を訪れた男性の話である。
ある晩、男性は一人で城跡を歩いていた。
特に目的があったわけではない。
静かな場所を歩きながら、夜景を眺めようと思っただけだった。
石垣の間を進んでいると、突然――
「……すみません」
背後から女の声が聞こえた。
男性が振り返る。
しかし、そこには誰もいない。
気のせいだと思い、そのまま歩き続けた。
すると今度は、すぐ耳元で、
「どこへ行くんですか……?」
と聞こえた。
男性は驚いて振り返った。
その瞬間、石垣の向こう側に、白い服を着た女が立っているのが見えた。
長い髪で顔はよく見えない。
男性が声をかけようとした、その時だった。
女がゆっくりと石垣の陰へ移動した。
「あれ?」
男性は後を追った。
しかし、石垣の向こうには誰もいない。
その代わり、足元に妙なものが落ちていた。
濡れた髪の毛だった。
男性は気味が悪くなり、その場を離れようとした。
ところが――
背後から、また声がした。
「……見つけた」
男性が振り返る。
そこには先ほどの女が立っていた。
今度は顔が見えた。
女は笑っていた。
しかし、その顔には目も鼻もなかった。
ただ、真っ黒な穴だけが二つ開いていた。
男性は夢中で走った。
石段を下り、城跡の外へ飛び出した。
しばらくして振り返ると、誰も追ってきてはいなかった。
ほっとした男性は、そのまま帰宅した。
そして翌朝。
昨夜撮影した写真を確認していると、一枚だけ奇妙な写真があった。
石垣を撮影した写真。
そこには誰も写っていない。
ただ、石垣の隙間から――
白い女の顔だけが、こちらを覗き込んでいた。
そして写真を拡大すると、女の口元に小さく文字のようなものが写っていた。
「また、夜に来てね」
男性はそれ以来、甲府城跡には二度と近づかなかったという。
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