狐島の高架下――足音だけが近づいてくる
夜の狐島。
仕事帰りの男が、いつものように高架下を歩いていた。
昼間なら車の音や人の話し声が聞こえる場所だったが、その日は妙に静かだった。
高架の下に入った瞬間、男は後ろから、
「……コツ、コツ」
と、靴音が聞こえることに気づいた。
誰か歩いている。
そう思って振り返った。
しかし、そこには誰もいない。
高架下の道路と、遠くに見える街灯だけだった。
気のせいだと思い、男は歩き続けた。
すると再び、
「……コツ、コツ」
今度は、さっきより近い。
男は立ち止まった。
すると足音も止まった。
恐る恐る後ろを見る。
やはり誰もいない。
「なんだよ……」
そう呟いて、再び歩き始める。
すると今度は、
「コツ、コツ、コツ……」
明らかに自分の後を追うように、足音が続いてきた。
男は歩く速度を上げた。
足音も速くなる。
男が走り出す。
すると後ろの足音も、
「タッ、タッ、タッ、タッ……!」
まるで誰かが全力で追いかけてくるような音になった。
怖くなった男は、思い切って振り返った。
そこには誰もいない。
ただ、高架の柱の影がいくつも並んでいるだけだった。
男はそのまま高架下を抜け、明るい道路まで走った。
そして、息を整えながらスマートフォンを見る。
時刻は午前0時を少し過ぎていた。
そのときだった。
スマートフォンの画面に、見覚えのない通知が表示された。
録音アプリだった。
いつの間にか起動していたらしい。
不思議に思い、録音を再生してみる。
最初は自分の足音しか聞こえない。
しかし、高架下に入ったあたりから、
「コツ……コツ……」
という音が入っていた。
そして最後。
男が走り出す直前のところで、足音とは別の音が録音されていた。
小さな声だった。
「……待って」
男は凍りついた。
その声は、後ろから聞こえていたはずなのに――
録音では、まるで男のすぐ隣から囁かれているように聞こえたという。
それ以来、男は夜の狐島を通らなくなった。
そして後日、友人にこの話をしたとき、最後にこう付け加えた。
「一番怖かったのは、あの夜じゃない」
「じゃあ、何が怖かったんだ?」
男は少し黙ってから答えた。
「録音を聞き直したとき……俺の足音、途中から一人分じゃなかったんだ」
狐島の高架下。
もし夜にそこを歩くことがあったとしても――
自分の後ろから聞こえる足音が、本当に自分のものだけなのか。
一度、確かめてみたほうがいいのかもしれない。
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