ホテル太公望――誰もいない客室

深夜の山道を走っていた。

時計を見ると、午前0時を少し過ぎている。

友人と二人で廃墟を見に来ていたのだが、予定よりも大幅に遅れてしまい、周囲には街灯もほとんどない。

やがて、木々の向こうに古びた建物が見えてきた。

ホテル太公望。

かつては多くの客で賑わっていたというが、今では人の気配がまったくない。

車を降りた瞬間、友人が小さな声で言った。

「……今、誰か見えなかった?」

「どこ?」

友人が指差したのは、建物の二階。

暗い窓の一つだった。

しかし、そこには何もいない。

「気のせいだろ」

そう言って、俺たちは建物の周囲を歩き始めた。

すると、突然――

カラン……。

建物の中から、金属が落ちたような音がした。

二人とも足を止めた。

風の音かもしれない。

そう思いながら入口付近まで近づく。

すると、壊れた窓の奥に、古い廊下が見えた。

その瞬間だった。

「……誰かいる」

友人がそう呟いた。

廊下の奥。

暗闇の中に、人影が立っていた。

細身の人間のように見える。

だが、まったく動かない。

俺がスマートフォンのライトを向けると――

人影は消えた。

「今の見たよな?」

友人に聞くと、返事がない。

振り返ると、友人は建物ではなく、俺の後ろを見つめていた。

「……お前の後ろ」

「何?」

「今、誰か立ってた」

急いで振り返る。

もちろん誰もいない。

そのとき、建物の中から、

コン……

と、今度ははっきりと足音が聞こえた。

一歩。

そして、また一歩。

コン……。

コン……。

まるで誰かが、ゆっくりこちらへ近づいている。

俺たちは急いで車へ戻った。

しかし、エンジンをかけようとした瞬間、友人が突然、窓の外を指差した。

「……二階」

見ると、さっきまで暗かった二階の窓に、白い顔が浮かんでいた。

こちらを見下ろしている。

俺がライトを向けると、顔はすっと窓の奥へ消えた。

その直後――

車の後部座席から、

「……帰らないで」

女とも男ともつかない声が聞こえた。

俺たちは叫びながら車を発進させた。

その場から離れ、しばらくしてから友人がスマートフォンを確認した。

すると、撮影した覚えのない写真が一枚保存されていた。

ホテル太公望の二階。

暗い窓が写っている。

そして、その窓の内側には――

こちらを見つめる人影が立っていた。

さらに恐ろしかったのは、その写真の撮影時刻だった。

俺たちがホテルに到着するより、

30分も前の時刻になっていた。

誰が撮った写真なのか。

そして、誰があのホテルからこちらを見ていたのか。

今でも分からない。

ただ一つだけ確かなことがある。

その夜以来、友人のスマートフォンには、毎晩午前0時になると、同じ場所から写真が一枚ずつ届くようになった。

ホテル太公望。

誰もいないはずの二階の窓から――

少しずつ、人影がこちらへ近づいてくる写真が。

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