淡嶋神社――人形の目
和歌山県の海沿いに、淡嶋神社という神社がある。
この神社には、全国から奉納された無数の人形が並んでいる。
日本人形、ひな人形、ぬいぐるみ……。
境内に足を踏み入れると、まるで無数の人形たちに見つめられているような、不思議な感覚に襲われるという。
ある夏の日、一人の男性が友人と淡嶋神社を訪れた。
「すごい数だな……」
社殿の周囲に並べられた人形を見ながら、男性はスマートフォンを取り出した。
友人が写真を撮る。
カシャッ。
そのときは、何も気にしていなかった。
しかし、帰りの車の中で写真を確認していると、男性の手が止まった。
「……これ、見てみろよ」
画面に映っていたのは、境内に並ぶ人形たち。
だが、その中に一体だけ、奇妙な人形があった。
他の人形とは違い、その人形だけがカメラのほうを向いている。
しかも――
「この人形、さっきこんな向きだったか?」
友人は首をかしげた。
確かに撮影したとき、その人形は横を向いていたはずだった。
ところが写真の中では、まっすぐこちらを見ている。
二人は気味悪がり、その日はそのまま帰宅した。
その夜。
男性が眠りについた午前二時ごろ。
部屋の隅から、
「……カタッ」
という小さな音が聞こえた。
目を開ける。
しかし、部屋には何もない。
気のせいだと思い、再び目を閉じた。
すると今度は、
「カタ……カタ……」
音が少しずつ近づいてくる。
男性は布団の中で息を殺した。
そして恐る恐る、部屋の隅を見た。
そこには――
昼間、淡嶋神社で撮影した写真に写っていた人形が立っていた。
「……え?」
もちろん、そんな人形を持ち帰った覚えはない。
男性が震える手でスマートフォンを取る。
すると、昼間の写真が一枚だけ変わっていた。
人形の顔が、さらにこちらを向いている。
そして、その目だけが――
写真の中ではなく、
現実の男性を見つめていた。
翌朝、男性は友人に電話をかけた。
「昨日の写真……全部消したほうがいい」
「なんで?」
男性は答えられなかった。
なぜなら、その夜から毎晩、
部屋の隅で、
「カタ……カタ……」
という音が聞こえるようになったからだ。
そして三日目の夜。
音が止まった直後、男性の耳元で、
「……返して」
という女の声が聞こえたという。
何を返せというのか。
男性には分からない。
ただ、その翌朝。
スマートフォンに残っていた淡嶋神社の写真を見ると――
そこに写っていたはずの人形が、
一体だけ消えていた。
そして写真の一番手前には、
昨日まで存在しなかったはずの、
古い日本人形が立っていた。
その人形は、
まるでこちらを待っているかのように、
静かに笑っていたという。
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