洗足池公園――水面に立つ女

東京・大田区にある洗足池公園。

昼間は多くの人が訪れる穏やかな公園だが、日が落ちると池の周囲は急に静かになる。

これは、ある男性が夜の洗足池公園を訪れたときの話だ。

その男性は、仕事帰りに公園の近くを通った。

時計を見ると、夜の十一時を過ぎていた。

「少し歩いてから帰るか」

そう思い、池の周りを歩き始めた。

街灯はあるものの、場所によっては暗く、池の水面はほとんど何も映していない。

しばらく歩いていると、池の向こう側に人影が見えた。

白っぽい服を着た女だった。

こんな時間に一人でいることを不思議に思ったが、男性は気にせず歩き続けた。

ところが、少し進んでから振り返ると――

女の姿が消えていた。

「帰ったのかな……」

そう思って前を向いた瞬間だった。

池の水面に、何かが立っている。

よく見ると、先ほどの女だった。

しかし、おかしい。

女は池の中にいる。

しかも、足元まで水に浸かっているはずなのに、沈むことなく水面の上に立っていた。

男性は思わず立ち止まった。

女はじっとこちらを見ている。

顔は暗くてよく見えない。

そのとき――

女がゆっくりと手を上げた。

まるで「こっちへ来て」と呼んでいるようだった。

男性は怖くなり、その場を離れようとした。

しかし、足が動かない。

池のほうから、かすかな声が聞こえてきた。

「……見つけた」

男性は息を呑んだ。

声がしたのは、池の向こうではなかった。

すぐ後ろだった。

振り返ることができなかった。

ただ、背後から水の滴る音だけが聞こえていた。

ぽた……

ぽた……

ぽた……

やがて、その音がすぐ耳元まで近づいてきた。

「……あなたも、池を見ていたでしょう?」

男性は恐怖に耐えながら、思い切って振り返った。

そこには誰もいなかった。

ただ、地面には濡れた足跡が残っていた。

池から伸びるように続く、裸足の足跡。

そして、その足跡は男性のすぐ目の前で途切れていた。

翌日。

男性が昨夜の場所を通ると、池の水面は何事もなかったように静かだった。

だが、池を覗き込んだ瞬間、男性は凍りついた。

水面に映っていたのは、自分の姿だけではなかった。

自分のすぐ後ろに――

白い服の女が立っていた。

慌てて振り返る。

やはり誰もいない。

もう一度水面を見る。

女も消えている。

ただ、その水面には奇妙なものが映っていた。

自分の足元から池へ向かって、濡れた足跡が一本だけ続いていた。

それ以来、男性は夜の洗足池公園には二度と近づかなくなったという。

そして今でも、深夜の池を一人で覗き込むと、

水面には自分ではない誰かの姿が映ることがある――

そんな噂が、ひっそりと語られている。

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