八事霊園の「帰らない足音」
深夜、友人と二人で八事霊園の近くを車で走っていた。
時間は午前一時を少し過ぎた頃。
昼間なら墓地の広さがよく分かる場所だが、夜になると街灯の少ない一角は、まるで別の場所のように感じられた。
「ちょっとだけ歩いてみようぜ」
友人にそう言われ、二人で車を降りた。
墓地の中へ少し進むと、周囲は驚くほど静かだった。
風もない。
虫の声すら聞こえない。
ただ、自分たちの足音だけが響いていた。
――ザッ、ザッ、ザッ。
そのときだった。
後ろから、もう一人分の足音が聞こえた。
――ザッ……ザッ……。
振り返る。
誰もいない。
「今、聞こえた?」
友人に聞くと、友人も黙って頷いた。
気のせいだと思い、歩き始める。
すると、
――ザッ……ザッ……ザッ。
今度は、さっきより近い。
二人は同時に振り返った。
やはり誰もいない。
「帰ろう」
友人が小声で言った。
来た道を戻り始める。
ところが、足音もついてくる。
――ザッ、ザッ、ザッ。
走る。
すると後ろの足音も走り始めた。
――タッ、タッ、タッ、タッ。
恐ろしくなって振り返る。
誰もいない。
だが、その瞬間。
友人が突然立ち止まった。
「……待って」
「何?」
友人は前方を指差した。
「俺たち……車、あっちに停めたよな?」
見ると、確かに車は目の前にあった。
しかし、その車の横に――
黒い服を着た女性が立っていた。
こちらに背を向けている。
二人とも声が出なかった。
女性はゆっくりとこちらへ振り返った。
顔は暗くて見えない。
そして、女性が一歩こちらへ近づいた。
その瞬間、友人のスマートフォンが鳴った。
画面を見る。
着信だった。
表示されていた名前は――
「自分」
「……なんで俺から電話が?」
友人が震える手で電話に出る。
すると、スマートフォンの向こうから聞こえてきた。
――ザッ……ザッ……ザッ。
さっきから聞こえていた、あの足音。
そして、かすかな女の声。
「……まだ、帰らないの?」
友人はスマートフォンを落とした。
二人は車に飛び乗り、その場から逃げた。
翌日、友人に電話をすると、
「昨日のこと、覚えてる?」
そう聞かれた。
「もちろん」
すると友人は、しばらく黙ったあと言った。
「俺、昨日……お前と一緒に歩いてないんだ」
「……え?」
「お前が一人で歩いてるのを、車の中から見てた」
背筋が凍った。
では、あの夜。
自分と一緒に歩いていたもう一人は――
誰だったのか。
そして友人が最後に言った。
「あとさ……」
「何?」
「車のドア、昨日からずっと開いてるんだよ」
「誰かが乗ったみたいに……」
その言葉を聞いた瞬間、
電話の向こうから、
――ザッ……。
足音が一つだけ聞こえた。
コメント
コメントを投稿