千日デパート火災跡――「7階から降りてくる女」
大阪・千日前。
夜になっても人通りの絶えない、この賑やかな街には、かつて日本のビル火災史に残る大惨事があった。
1972年5月13日。
千日デパートで火災が発生し、7階のキャバレー「プレイタウン」にいた客や従業員らが煙に巻かれ、118人もの命が失われた。
それから長い年月が流れ、建物は姿を変えた。
現在、その場所を訪れても、かつての惨劇を思わせるものはほとんどない。
だが――。
ある夜、閉店後の店内で、奇妙な出来事が起きたという。
その日、若い男性店員が一人でエレベーターの点検をしていた。
時刻は午後10時を少し過ぎた頃。
「……上から降りてきます」
エレベーターの表示が、ゆっくりと数字を変えていく。
「8……7……」
店員は何気なく表示を見つめていた。
「6……5……」
その瞬間だった。
エレベーターが突然止まった。
扉が開く。
しかし、そこには誰もいない。
店員は首をかしげながら、閉ボタンを押した。
ところが――。
閉じかけた扉の隙間から、
「カツ……カツ……」
と、誰かが歩いてくるような音が聞こえた。
音はエレベーターの外からではない。
まるで、誰もいない箱の中から聞こえているようだった。
そして、耳元で女の声がした。
「……まだ、7階?」
店員は凍りついた。
この建物に、かつての7階が存在しているわけではない。
慌ててエレベーターを降り、同僚のところへ逃げた。
しかし、防犯カメラを確認しても、エレベーターの中には誰も映っていなかったという。
それから数日後。
別の店員が、閉店作業をしていた。
誰もいないはずの店内で、突然、
「助けて……」
という小さな声が聞こえた。
振り返る。
誰もいない。
すると今度は、天井のほうから、
「熱い……」
という声が聞こえた。
店員が上を見上げた、その瞬間。
照明が一斉に消えた。
真っ暗な店内。
そして――。
暗闇の向こうから、何人もの人間が走るような足音が聞こえてきた。
ドタドタドタ……。
ドタドタドタ……。
まるで、煙から逃げようとしている人々が、一斉に階段を駆け下りてくるような音だった。
店員は恐怖で動けなかった。
すると足音が、突然止まった。
静寂。
その直後、すぐ背後から女の声がした。
「……ここから、出られないの?」
店員は振り返らなかった。
ただ、震える手で非常口まで走り、外へ飛び出した。
後日、その話を聞いた年配の従業員は、こう言ったという。
「この場所では、昔から変な話があるんだよ」
そして最後に、こう付け加えた。
「夜にエレベーターへ乗るときは、7階を気にしないほうがいい」
「もう存在しない階だからね」
「……なのに、たまに7階で止まることがあるんだ」
――千日前。
今では多くの人が行き交う、ごく普通の繁華街。
しかし、その場所で失われた118人の記憶は、決して消えることはない。
そしてもし深夜、誰もいないエレベーターの表示が、
「7」
を示したなら――。
そのときは、決して扉の向こうを覗いてはいけない。
そこには今も、煙の中で出口を探し続けている誰かがいるかもしれない。
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