『首塚の前で、名前を呼んではいけない』

東京・大手町。

高層ビルに囲まれた一角に、周囲の空気とは明らかに違う場所がある。

平将門の首塚。

昼間は会社員が行き交い、近くでは車の音も絶えない。

けれど、夜になると妙な静けさが漂う。

ある会社員の男性が、仕事帰りにその前を通った。

時刻は午後11時を過ぎていた。

「こんなところに、本当に首塚があるんだ……」

男性は立ち止まり、スマートフォンを取り出した。

写真を撮ろうとした、その瞬間。

スマートフォンの画面が真っ暗になった。

電池は十分に残っている。

何度電源ボタンを押しても反応しない。

「壊れたか?」

そう呟いた直後だった。

背後から、

――カツン。

小さな音が聞こえた。

振り返る。

誰もいない。

男性は気味が悪くなり、その場を離れようとした。

ところが、なぜか足が動かなかった。

まるで地面に靴を縫い付けられたようだった。

そのとき。

耳元で、低い男の声がした。

「……誰の許しを得て、ここにいる」

男性は凍りついた。

声がした方向には、誰もいない。

慌てて走り出す。

すると突然、スマートフォンが復活した。

画面には、さっき撮ったはずの写真が表示されていた。

しかし、男性は写真を見て息を呑んだ。

そこには首塚が写っていた。

そして――

石碑の横に、甲冑を着た男が立っていた。

顔は写っていない。

ただ、こちらを向いている。

男性は怖くなり、その写真を消した。

その夜は何事もなく帰宅した。

だが、翌朝。

会社へ向かう途中、スマートフォンを見ると、

消したはずの写真が一枚だけ残っていた。

昨夜の首塚の写真だった。

しかも、昨日とは違っていた。

甲冑の男が、こちらを向いている。

さらによく見ると、

男の首が――

なかった。

男性は慌ててスマートフォンを閉じた。

その瞬間。

ポケットの中から、

「カツン」

という音がした。

取り出してみる。

何も入っていない。

しかし、会社に着いて自分の机を見ると、

机の上に小さな石が置かれていた。

見覚えのない石だった。

そして、その石には赤黒い文字で、

こう書かれていた。

――「帰ってきたぞ」

男性は、その日を最後に会社を辞めた。

後日、同僚が男性の家を訪ねた。

部屋は空っぽだった。

ただ、机の上に一枚の紙だけが残されていた。

そこには震えた文字で、

「もう二度と、あの名前を呼ばない」

と書かれていた。

そして紙の裏側には、

「平将門」

という名前が、

何度も何度も繰り返し書かれていた。

その数は――

ちょうど千文字だったという。

もちろん、この話に確かな証拠はない。

だが、東京の中心で何百年もの間、静かに残り続ける首塚。

そこを訪れる人々が、なぜか昔から同じことを言う。

「写真を撮るときは、ふざけないほうがいい」

そしてもう一つ。

――その場所で、名前を大声で呼んではいけない。

誰かに聞かれてしまうからだ。

人間ではない、

「誰か」に。

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