田代公園――林の奥に立つ男
夜の田代公園は、昼間とはまるで別の場所だった。
昼間なら子供たちの声が聞こえ、春には桜を見に来る人で賑わう公園。
しかし、深夜になると人の気配は完全に消える。
その日、俺は友人と二人で田代公園を訪れていた。
特に肝試しをするつもりだったわけではない。
ただ、近くを車で通った際に、友人が、
「ちょっと公園寄ってみない?」
と言い出したのがきっかけだった。
車を降りると、思った以上に静かだった。
道路を走る車の音は聞こえている。
それなのに、公園の中だけが妙に音を吸い込んでいるようだった。
俺たちは遊具のある場所を抜け、林の近くまで歩いていった。
その時だった。
「……あれ?」
友人が突然立ち止まった。
「どうした?」
「今、あそこに人いなかった?」
友人が指差したのは、林の奥だった。
街灯の光が届かない暗闇。
最初は木の影にしか見えなかった。
だが、目を凝らしていると――
確かに、誰かが立っていた。
男だった。
黒っぽい服を着て、こちらを向いている。
顔は見えない。
ただ、じっと立っている。
「誰かいるじゃん」
俺がそう言うと、友人は首を横に振った。
「……あれ、人なのかな」
その瞬間。
男の姿が、少しだけ揺れた。
歩いたわけではない。
ただ、身体だけがゆっくり左右に揺れた。
風は吹いていなかった。
「帰ろう」
友人が小さな声で言った。
俺も同じことを考えていた。
二人で振り返り、駐車場へ戻ろうとした。
ところが――
背後から、
「……待て」
と声がした。
俺たちは同時に振り返った。
林の前には、さっきの男が立っていた。
さっきより近い。
そして、顔が見えた。
真っ白だった。
目だけが異様に黒く、こちらをじっと見ている。
友人が俺の腕を掴んだ。
「走れ!」
二人で駐車場まで走った。
車に飛び乗り、急いでエンジンをかける。
その時、バックミラーを見た。
公園の入口に、男が立っていた。
こちらを見ている。
そして、車が動き出した瞬間――
男が突然、こちらへ走り出した。
「来てる!」
友人が叫んだ。
アクセルを踏み込み、道路へ出る。
もう一度ミラーを見る。
男はいなかった。
俺たちは何も話さず、そのまま公園から離れた。
しばらくして、友人が震えた声で言った。
「なあ……」
「何?」
「さっきの男、最初から立ってた場所……」
「林の奥だろ?」
「違う」
友人は首を横に振った。
「俺たちが最初に見た時、男は林の中にいたんじゃない」
「……じゃあ、どこに?」
友人は黙った。
そして、スマートフォンを取り出した。
震える手で、さっき撮った写真を見せてきた。
そこには、暗い公園が写っていた。
遊具。
木々。
そして、林の前に立つ俺たち。
しかし――
俺の背後に、男が立っていた。
写真を撮った時、俺たちは確かに二人しかいなかった。
男は俺のすぐ後ろで、こちらを覗き込むように立っていた。
そして写真を拡大すると、男の口元が少しだけ開いていることに気づいた。
その口は、
「待て」
ではなく――
「まだ帰るな」
と、言っているように見えた。
それ以来、俺は夜の公園には近づいていない。
ただ、あの日からしばらくして、友人から一度だけ電話があった。
「なあ……あの写真、消したよな?」
俺が、
「もちろん」
と答えると、友人はしばらく黙ってから言った。
「じゃあ、なんで昨日の夜、俺のスマホに同じ写真が届いたんだ?」
「誰から?」
そう聞いた瞬間。
電話の向こうで、友人が息を呑んだ。
「……送信者が、お前になってる」
その直後、電話が切れた。
それから友人とは連絡が取れなくなった。
今でも、田代公園の林を見ると、あの男の姿を思い出す。
そして時々思う。
あの夜、俺たちが見た男は――
本当に、林の中にいたのだろうか。
それとも最初から、ずっと俺たちのすぐ後ろに立っていたのだろうか。
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