樗谿公園――夜の池に立つ女
夜の樗谿公園は、昼間とはまるで違う場所に見える。
鳥取市内から少し離れた山あいにあり、昼間は散歩をする人の姿もある静かな公園だ。
だが、日が落ちると周囲は急に暗くなり、木々の間から聞こえてくるのは、風に揺れる葉の音と、遠くで鳴く鳥の声だけになる。
これは、そんな樗谿公園で起きたという、ある若者の体験談だ。
ある夏の夜、男性は友人と別れたあと、一人で公園の中を歩いていた。
時刻は午後十一時を過ぎていた。
「こんな時間に来るんじゃなかったな……」
そう思いながらも、近道になるため、そのまま園内の細い道を歩いていた。
街灯はところどころにあるものの、木々に遮られて足元はかなり暗い。
しばらく歩いていると、前方に人影が見えた。
白っぽい服を着た女性だった。
女性は池の近くに立っていた。
こちらに背を向け、じっと水面を見つめている。
「こんな時間に?」
男性は不思議に思った。
声をかけようとも思ったが、なぜか嫌な感じがした。
そのまま距離を取って通り過ぎようとした。
ところが――
女性が突然、こちらを振り返った。
顔はよく見えなかった。
ただ、長い髪の隙間から、こちらを見つめていることだけは分かった。
男性は思わず足を止めた。
その瞬間だった。
「……見た?」
小さな声が聞こえた。
男性は聞き間違いだと思った。
だが、次の瞬間。
「私のこと……見た?」
今度ははっきり聞こえた。
男性は怖くなり、何も答えずに歩き出した。
すると背後から、
ペタ……
ペタ……
と、裸足で歩いているような音が聞こえてきた。
振り返ることはできなかった。
音は少しずつ近づいてくる。
ペタ……
ペタ……
ペタ……
男性は走った。
しかし、いくら走っても背後の足音は離れない。
そして公園を抜けようとした、その時――
耳元で女の声がした。
「どうして……逃げるの?」
男性は叫び声を上げ、そのまま道路まで走り抜けた。
しばらくして恐る恐る後ろを見る。
そこには誰もいなかった。
池の周りも、木々の間も、静まり返っている。
男性はそのまま自宅へ戻った。
そして翌朝。
昨夜のことが気になり、撮っていた写真を確認した。
公園を歩きながら何枚か撮影していたのだ。
その中の一枚に、妙なものが写っていた。
暗い池の水面。
その奥に、白い服を着た女性が立っていた。
しかし男性は、その場所で写真を撮った記憶がなかった。
さらに拡大すると――
女性の顔は、水面に映っているものとは逆方向を向いていた。
そして写真の端には、もう一つ。
男性のすぐ後ろに立つ、黒い人影が写っていた。
男性は、それ以来、夜の樗谿公園には近づいていないという。
そして地元では、夜の公園で女性の姿を見ても、決して声をかけてはいけないという話が囁かれている。
もし夜の樗谿公園で、
「私のこと、見た?」
そんな声を聞いたとしても――
絶対に振り返ってはいけない。
振り返った瞬間、そこにいるのは女性ではなく、
あなたのすぐ後ろに立っている「何か」かもしれない。
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