御坊川原――「それから?」と聞く声

夜の御坊川原は、昼間とはまるで違っていた。

高松の街中にある公園。

遊具もあり、ベンチもある。

けれど、夜になると人の気配がほとんどなくなり、御坊川の水が流れる音だけが妙に大きく聞こえる。

ある夏の夜、私は一人で御坊川原を訪れた。

心霊スポットだということは知っていた。

ここは、かつて処刑場だったと伝えられている場所。

さらに、隠れキリシタンが処刑された場所だったという話も残っている。

とはいえ、現在は公園として整備されている。

「こんな普通の公園が、本当に怖いのか?」

そう思いながら、川沿いのベンチに腰を下ろした。

その瞬間だった。

――ザァ……。

風が吹いた。

しかし、不思議だった。

周囲の木々はほとんど揺れていない。

それなのに、私の耳元だけを狙ったように風が通り過ぎた。

そして、その風の中に――

「……お話して」

小さな声が混じった。

私は反射的に顔を上げた。

誰もいない。

公園の奥にも、川沿いにも人影はない。

「今……誰かいた?」

立ち上がって辺りを見回した。

すると、川の向こう側にある暗がりから、

カタン……。

何かが動いた音がした。

怖くなり、スマートフォンのライトを向ける。

そこには誰もいなかった。

私は帰ろうとした。

だが、数歩歩いたところで、背後から再び声がした。

「……それから?」

今度は、はっきり聞こえた。

私は振り返った。

そして――

ベンチに、女が座っていた。

長い髪。

俯いた顔。

白っぽい服。

街灯が届かない場所なのに、その姿だけが妙にはっきり見えた。

「……誰ですか?」

そう尋ねると、女はゆっくり顔を上げた。

顔が見えた。

だが、目だけがおかしかった。

こちらを見ている。

それなのに、まるで私ではない誰かを見ているようだった。

女が口を開く。

「それから……?」

私は何も答えられなかった。

すると女は立ち上がった。

一歩。

また一歩。

こちらへ近づいてくる。

その足音はしなかった。

ただ、距離だけが少しずつ縮まっていく。

そして女が私の目の前まで来た瞬間――

耳元で囁いた。

「……まだ終わってないよ」

その瞬間、御坊川の水音が突然消えた。

車の音も。

虫の声も。

何も聞こえない。

完全な無音だった。

私は恐怖で動けなくなった。

すると、川のほうから、

――ザブン。

水に何かが入ったような音がした。

続いて、

――ザブン。

――ザブン。

暗い川の中から、何かがこちらへ近づいてくる。

私は夢中で走った。

振り返ることはできなかった。

ただ、背後から女の声だけが追いかけてきた。

「お話して……」

「それから……?」

「それから……?」

その声は、私が公園を出ても消えなかった。

家に帰り、玄関のドアを閉めた瞬間。

ようやく静かになった。

安心してスマートフォンを見ると、ポケットの中に入れていたはずのスマートフォンが、なぜか録音状態になっていた。

再生してみる。

最初は、自分の足音。

荒い息。

そして――

最後に、女の声が入っていた。

「……今度は、あなたが話して」

それ以来、私は御坊川原には近づいていない。

ただ、一つだけ気になることがある。

あの夜、私は一人で御坊川原へ行った。

そのはずだった。

だが、録音を何度聞き返しても、

私の声のすぐ後ろに――

もう一人分の呼吸音が入っている。

しかも、その呼吸は、

私が公園を出たあとも、

ずっと私のすぐ後ろで続いていた。

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