餓鬼の首――安芸武田氏終焉の地で聞こえた声

広島県に、「餓鬼の首」と呼ばれる場所がある。

その名前を聞いただけで、不気味な印象を受けるが、ここはかつて安芸武田氏の歴史と深く関わった場所だといわれている。

ある夏の夜、私は友人と二人で、その場所を訪れた。

時刻は午後十一時を過ぎていた。

山の中へ入るにつれて、車の音も、街の明かりも少なくなっていく。

やがて車を止め、懐中電灯を手にして歩き始めた。

辺りは異様なほど静かだった。

虫の声すら、途中から聞こえなくなった。

「……ここ、本当に何も聞こえないな」

友人が小声で言った。

その直後だった。

遠くの暗闇から、

「……おい」

と、男の声が聞こえた。

私たちは同時に足を止めた。

「今、聞こえた?」

「ああ……」

確かに聞こえた。

しかし、周囲には誰もいない。

気のせいだと思い、さらに奥へ進んだ。

すると、突然、懐中電灯の光が何かを捉えた。

木の根元に、古びた石があった。

その前に立った瞬間――

ポタッ……

首筋に冷たいものが落ちた。

雨かと思って触れる。

しかし、空は晴れていた。

そのとき友人が私の顔を見て、青ざめた。

「……後ろ」

振り返る。

誰もいない。

「何がいるんだよ」

そう聞いても、友人は答えない。

ただ、震える指で暗闇を指差していた。

「さっき……お前の後ろに……」

「何が?」

「首だけ……浮いてた」

一瞬、冗談だと思った。

だが、友人の顔は笑っていなかった。

その直後、

「カ……エ……セ……」

という声が、すぐ耳元で聞こえた。

私たちは無我夢中で走った。

来た道を戻り、車まで駆け込む。

エンジンをかけ、急いで山を下りた。

しばらくして、友人が震える声で言った。

「……写真、撮ってたよな?」

スマートフォンを見る。

そこには、さっき石の前で撮った一枚の写真が残っていた。

画面を拡大する。

私たちの背後。

木々の間に、黒い影が立っている。

最初は人の形に見えた。

だが、拡大すると違った。

身体がない。

暗闇の中に、

白く濁った二つの目と、

大きく開いた口だけが浮かんでいた。

そして、その写真を見ている最中――

車の後部座席から、

「……カエセ」

と、もう一度声がした。

私たちは振り返ることができなかった。

翌朝、車を確認すると、後部座席の窓には、

内側から指でなぞったような跡が残っていた。

そこには、ひらがなで、

「くび」

と書かれていたという。

それ以来、友人は二度とあの場所の名前を口にしなくなった。

そして私も、あの夜以来、

山の中で誰かに名前を呼ばれても、

絶対に振り返らないようにしている。

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