恵下山公園――誰もいないはずの山道
夜の恵下山公園には、昼間とはまったく違う空気が漂っている。
街の明かりから少し離れた山道は暗く、木々の間から吹いてくる風の音だけが聞こえていた。
その夜、大学生の男が一人、友人から聞いた噂を確かめるため、公園を訪れていた。
「夜中に山道を歩いていると、後ろから誰かがついてくる」
それが、この場所で昔から囁かれている話だった。
男は笑いながら、スマートフォンのライトを頼りに歩き始めた。
しばらくすると、背後から――
ザッ……ザッ……
乾いた落ち葉を踏む音が聞こえた。
振り返る。
誰もいない。
「風だろ」
そう呟いて、再び歩き出す。
すると、
ザッ……ザッ……
今度は、さっきより近い。
男は足を止めた。
すると、後ろの足音も止まった。
嫌な汗が背中を流れる。
「……誰かいるんですか?」
返事はない。
男はスマートフォンを後ろへ向けた。
ライトに照らされたのは、暗い木々と細い山道だけだった。
ところが、そのときだった。
スマートフォンの画面に、一瞬だけ人影が映った。
自分のすぐ後ろ。
男は慌てて振り返った。
――誰もいない。
「……今、見えたよな?」
心臓が激しく鳴り始める。
怖くなった男は、急いで公園の出口へ向かった。
しかし、歩いても歩いても、出口が見えてこない。
そして再び、
ザッ……ザッ……
後ろから足音が聞こえてきた。
今度は、明らかに人間の歩く速度だった。
男が走り出す。
足音も走り出す。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――
「来るな!」
男は振り返らずに叫んだ。
すると背後から、低い女の声が聞こえた。
「……なんで、置いていくの?」
男の足が止まった。
その声は、すぐ耳元から聞こえた。
ゆっくり振り返る。
そこには誰もいない。
だが、スマートフォンの画面を見ると、背後の暗闇に――
白い顔が映っていた。
目だけが異様に大きく、こちらをじっと見つめている。
男はスマートフォンを落とし、夢中で走った。
ようやく公園の明かりが見えた。
道路へ飛び出し、振り返る。
山道には誰もいない。
男はそのまま車に乗り込み、震える手でエンジンをかけた。
そして帰宅してから、落としたスマートフォンを確認した。
最後に撮影された写真が一枚だけ残っていた。
真っ暗な山道。
その中央に、女が立っている。
そして写真を拡大すると――
女の足元には、もう一人。
地面に這いつくばった男の姿が写っていた。
もちろん、それは男自身ではない。
写真を撮った時間は、男がまだ公園の入口にいた時間だった。
では、この写真に写っている男は誰なのか。
そして翌朝。
恵下山公園の山道には、昨夜男が歩いたはずの場所に、無数の足跡が残されていた。
その足跡は一人分ではなかった。
男の後ろを、何人もの「何か」が追いかけていたように――。
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