松尾隧道――後ろにいるもの

 深夜、松尾隧道を車で通った男性がいた。

その日は雨が降っていた。

午前一時を過ぎ、周囲には人の気配がまったくない。

隧道の入口に差しかかったとき、男性は妙な違和感を覚えた。

入口の手前に、誰かが立っているように見えたのだ。

だが、車を近づけると誰もいない。

「見間違いか……」

そう呟き、車を隧道へ入れた。

中は薄暗く、タイヤが路面を踏む音だけが響いていた。

しばらく走っていると、

――ドン。

突然、後ろから大きな音がした。

男性は驚いてバックミラーを見る。

誰もいない。

「何だよ……」

そのまま走り続ける。

すると今度は、

――ザッ……ザッ……ザッ……

後ろから、誰かが歩いてくるような音が聞こえ始めた。

車は走っている。

それなのに、足音だけが一定の間隔でついてくる。

男性はアクセルを踏み込んだ。

足音も速くなった。

――ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。

そして、突然。

助手席から低い男の声がした。

「止まれ」

男性の体が固まった。

助手席には誰もいない。

それでも、耳元ではっきり聞こえた。

「止まれ……」

怖くなり、そのまま隧道を抜けた。

外へ出た瞬間、足音も声も消えた。

男性はそのまま自宅へ戻った。

そして車を降りようとしたときだった。

後部座席のシートに、泥で濡れた靴跡が残っていることに気づいた。

一人で乗っていたはずなのに、

後部座席から運転席まで、

濡れた足跡が一直線についていた。

そして最後の足跡は、

運転席のすぐ後ろで止まっていた。

男性は恐る恐るバックミラーを見た。

そこには何も映っていない。

だが、その瞬間――

耳元で、あの低い声がした。

「……まだ降りてない」

男性は車から飛び出した。

二度と松尾隧道には近づかなかったという。

それ以来、その隧道では、

深夜に車で通過すると、

後部座席から誰かが歩くような音が聞こえる――

そんな噂が残っている。

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