小野隧道――出口に立つ女
深夜、友人と二人で車に乗っていた。
時計は午前二時を回っていた。
昼間なら何の変哲もない山道だったが、夜になると様子がまるで違う。
木々が道路の両側から覆いかぶさり、ヘッドライトに照らされた道だけが、暗闇の中に細く浮かんでいる。
しばらく走っていると、前方に小野隧道が見えてきた。
古びた入口。
周囲には街灯もなく、トンネルの中は完全な闇だった。
「ここ、本当に通るの?」
助手席の友人が小さな声で言った。
「すぐ抜けるって」
そう答えて、車をトンネルへ入れた。
――その瞬間だった。
車内の空気が、急に冷たくなった。
エアコンを切っているのに、首筋を冷たい風が撫でていく。
そして、トンネルの奥から、
コツ……コツ……
と音が聞こえた。
「誰かいる?」
友人が呟いた。
音は少しずつ近づいてくる。
コツ……コツ……コツ……
まるで、硬い靴で歩いているような音だった。
だが、ヘッドライトには誰も映らない。
そのまま車を走らせていると、友人が突然、
「止めないで」
と言った。
「え?」
「今、後ろに……」
友人はバックミラーを見つめたまま、動かなかった。
「女の人がいる」
冗談だと思った。
しかし、友人の顔は青ざめていた。
「白い服。ずっと車を見てる……」
怖くなり、アクセルを踏み込んだ。
すると、トンネルの出口が見えてきた。
あと少しだった。
ところが――
出口の真ん中に、誰かが立っていた。
白い服を着た女だった。
長い髪が顔を覆っている。
車を止めることはできない。
そのまま近づいていく。
女は動かない。
そして車が目の前まで来た瞬間――
女がゆっくり顔を上げた。
髪の隙間から見えた顔には、
目がなかった。
「うわあああっ!」
友人が叫んだ。
同時に、車が女をすり抜けた。
バックミラーを見る。
そこには誰もいなかった。
ようやくトンネルを抜け、二人とも何も言えないまま山道を下った。
そして、しばらく走ったところで、友人が震える声で言った。
「……さっきの女さ」
「何?」
「トンネルの出口にいたんじゃない」
「じゃあ、どこに?」
友人は黙って、後部座席を指差した。
そこには誰もいない。
ただ、後部座席の窓ガラスには――
内側から押しつけたような、真っ黒な手形が三つ残っていた。
その夜以来、二人は小野隧道に近づいていない。
そして友人は今でも言う。
「あの女……トンネルの中にいたんじゃない」
「俺たちがトンネルを出るまで、ずっと――」
車の中にいたんだ。
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