松江城――夜の天守に響く足音
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松江市を訪れたのは、夏の終わりの夕方だった。
昼間の松江城は観光客も多く、歴史を感じさせる美しい場所だった。
しかし、日が落ちると雰囲気が一変する。
城の周囲は次第に暗くなり、木々の間から聞こえてくる風の音だけが妙に大きく感じられた。
その夜、私は城の近くを一人で歩いていた。
天守を見上げると、暗闇の中に黒いシルエットが浮かんでいる。
その瞬間だった。
「……コン」
どこからか、木の床を踏むような音が聞こえた。
「コン……コン……」
誰かが城の中を歩いている。
そう思った。
しかし、すでに閉館時間は過ぎている。
周囲を見回しても、人の姿はない。
気のせいだろうと思い、その場を離れようとした。
すると今度は、
「……コン、コン、コン」
足音が少しずつ近づいてきた。
しかも、その音は城の中からではなかった。
まるで、天守から外へ向かって誰かが歩いてくるようだった。
私は思わず立ち止まった。
すると突然、背後から、
「……待って」
小さな女の声が聞こえた。
振り返った。
だが、誰もいない。
ただ、暗い石垣と木々が見えるだけだった。
怖くなり、足早にその場を離れた。
ところが、数十メートルほど進んだところで、また足音が聞こえた。
「コン……コン……」
今度はすぐ後ろだった。
振り返ることができなかった。
そのまま歩き続ける。
足音もついてくる。
「コン……コン……コン……」
やがて城の敷地を出ようとした瞬間、足音がぴたりと止まった。
ほっとして振り返る。
誰もいない。
そして、最後にもう一度だけ天守を見上げた。
すると、最上階の暗い窓の一つに、
白い顔のようなものが浮かんでいた。
それは、こちらをじっと見ていた。
次の瞬間――
窓の奥から、ゆっくりと手が上がった。
私はその場から逃げるように走った。
翌日、昼間にもう一度松江城を訪れた。
昨夜見た窓を確認したが、そこには何もなかった。
ただ、一緒にいた友人に昨夜のことを話すと、
「昨日の夜、誰かと一緒に歩いてた?」
そう聞かれた。
「いや、一人だったけど」
すると友人は少し黙ってから言った。
「じゃあ……あの足音、誰だったんだろうな」
その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍った。
友人は昨夜、私の少し後ろを歩いていたという。
そして、私のすぐ後ろを、
誰かがずっと歩いていたのを見た
というのだ。
その人物は、白い服を着た女性だった。
だが――
友人が一度目をそらして、もう一度見たときには、
女性の姿は消えていたという。
今でも松江城を訪れるたび、あの夜の足音を思い出す。
「コン……コン……」
暗い城の中から聞こえてくる、誰かの足音。
もし夜の松江城で、自分の後ろから同じ足音が聞こえてきても――
決して振り返らないほうがいいのかもしれない。
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