水上温泉の廃墟ホテル群――消えない客室の灯り
群馬県の水上温泉。
かつて多くの観光客で賑わった温泉街には、今も営業を終えたホテルや旅館の建物が残っている。
昼間に見ると、ただ静かなだけだった。
だが、日が落ちると、その雰囲気は一変する。
ある夜、私は友人と二人で温泉街を訪れた。
目的は、夜の廃墟ホテルを外から撮影することだった。
建物の前を通り過ぎようとした、そのときだった。
「……あれ?」
友人が立ち止まった。
廃墟になっているはずのホテル。
その最上階にある一室だけ、窓の奥がぼんやり明るかった。
黄色い電球のような光だった。
「誰かいるんじゃない?」
そう言って近づこうとしたが、私は妙な違和感を覚えた。
建物の入口には、明らかに長い間使われていない様子がある。
それなのに、最上階の部屋だけに灯りがついている。
そのとき。
ホテルの中から、
「チリン……」
と、鈴の音が聞こえた。
温泉旅館で聞くような、小さな呼び鈴の音だった。
私たちは顔を見合わせた。
そして、もう一度ホテルを見上げた。
さっきまで灯っていた窓の明かりが、消えている。
「帰ろう」
友人がそう言った。
私も同じ気持ちだった。
その場を離れようとした瞬間――
背後から、
「お客様……」
という声がした。
女性の声だった。
振り返った。
誰もいない。
しかし、ホテルの入口に置かれていた古い看板だけが、風もないのにゆっくり揺れていた。
そして、その夜。
ホテルからかなり離れた場所まで戻ったところで、私は撮影した映像を確認した。
最上階の窓。
そこには確かに、誰かが立っていた。
白い服を着た女性のように見える。
だが、撮影したときには、そんな人影は見えていなかった。
さらに恐ろしかったのは、その女性が立っていた部屋だった。
映像を拡大すると、部屋の壁に古い札のようなものが貼られていた。
そこには、
「本日満室」
と書かれていた。
廃墟になったホテルなのに。
そして最後の映像。
女性がこちらを見ているように見えた直後、画面の端に一瞬だけ文字が映った。
「お部屋の準備ができました」
その瞬間、スマートフォンの電源が落ちた。
それ以来、私はそのホテル群を訪れていない。
ただ、不思議なことが一つある。
あの夜から数日後。
撮影した映像を削除しようとしたとき、フォルダの中に見覚えのない一枚の写真が残っていた。
写真には、夜のホテルが写っていた。
そして最上階の窓には――
あの日より一つ多く、明かりが灯っていた。
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