青山トンネル前の電話ボックス

深夜、青山トンネルへ向かう山道を一人の男が車で走っていた。

時刻は午前二時を過ぎていた。

周囲には街灯もほとんどなく、車のライトだけが暗い道を照らしている。

しばらくすると、トンネルの手前に古びた電話ボックスが見えてきた。

「こんなところに電話ボックスなんて、まだあるんだ……」

そう思った瞬間だった。

――リン……。

車の中に、電話のベルが聞こえた。

男は驚いてブレーキを踏んだ。

見ると、電話ボックスの中で公衆電話が鳴っている。

こんな時間に、こんな場所で。

気味が悪かったが、ベルは何度も鳴り続ける。

――リン……リン……。

なぜか男は車を降り、電話ボックスへ近づいてしまった。

そして受話器を取った。

「……もしもし?」

返事はない。

ただ、受話器の向こうから、

「……ザ……ザ……」

というノイズだけが聞こえてくる。

「もしもし?」

その瞬間。

小さな女の声がした。

「……トンネルの中にいるの?」

男は凍りついた。

「誰ですか?」

しばらく沈黙が続いた。

そして女は、今度ははっきりと言った。

「後ろ……見ないで」

男の背中に冷たい汗が流れた。

それでも、どうしても気になってしまった。

ゆっくりと振り返る。

そこには誰もいない。

ただ、電話ボックスのガラスに映った自分の姿だけが見えていた。

――いや。

よく見ると、違った。

自分のすぐ後ろに、長い髪の女が立っている。

男は悲鳴を上げ、電話を落とした。

慌てて外へ飛び出し、車へ戻る。

エンジンをかけ、トンネルから一刻も早く離れようとした。

そのときだった。

車内に、また電話のベルが響いた。

――リン……リン……。

男は恐る恐るカーナビを見る。

電話がかかってきている。

表示された発信元は、

「公衆電話」

だった。

男は電話に出なかった。

そのまま車を走らせた。

しかし、トンネルを抜けてもベルは鳴り続ける。

――リン……リン……。

やがて男は耐えきれなくなり、携帯電話の電源を切った。

すると、ベルも止まった。

「……助かった」

そう思った瞬間。

後部座席から、女の声がした。

「なんで……電話に出てくれなかったの?」

男はその場で車を止めた。

そして、恐る恐るバックミラーを見た。

そこには誰もいない。

ただ、後部座席のシートに、

濡れた長い髪が一本だけ落ちていた。

それ以来、青山トンネル前の電話ボックスでは、深夜になると誰も触れていない公衆電話が鳴ることがあるという。

そして電話に出てしまった人には、

「後ろを見ないで」

という女の声が聞こえる。

もし、あなたが夜中に青山トンネルを訪れることがあったとしても――

電話ボックスからベルが聞こえてきたら、絶対に受話器を取ってはいけない。

なぜなら、その電話。

向こうから、あなたを呼んでいるのかもしれない。

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