汀公園の怖い話「ベンチに座る女」
深夜、ひと気のなくなった汀公園を、ひとりの男が歩いていた。
時刻は午前1時を過ぎていた。
昼間なら何気ない公園の風景も、この時間になると妙に静かだった。
風が木の葉を揺らす音。
遠くを走る車の音。
それ以外は、何も聞こえない。
男が公園の奥へ進んでいくと、一台の古びたベンチが目に入った。
そして、そのベンチには――
ひとりの女が座っていた。
白っぽい服を着て、うつむいたまま動かない。
「こんな時間に……?」
男は少し気になったものの、そのまま通り過ぎようとした。
その瞬間。
「……すみません」
背後から、女の声がした。
男が振り返る。
しかし、女はこちらを見ていない。
相変わらず、うつむいたままだった。
「何か……?」
男が声をかけると、女はゆっくり顔を上げた。
そして、小さな声でこう言った。
「私の隣……空いてますよ」
男は背筋が寒くなった。
ベンチには、女の隣に十分なスペースがある。
だが、なぜか座る気にはなれなかった。
「いや、大丈夫です」
そう答えて、男はその場を離れた。
数十メートル歩いたところで、なぜか気になって振り返る。
すると――
女が立っていた。
しかも、こちらを見ている。
男は急いで歩き出した。
すると背後から、
「……待って」
という声。
一歩、また一歩。
男の足音に合わせるように、後ろから別の足音が近づいてくる。
タッ……タッ……タッ……
怖くなった男は、走って公園を出た。
そして翌日。
昨夜のことが気になった男は、昼間にもう一度公園を訪れた。
あのベンチを探す。
しかし――
ベンチはどこにもなかった。
近くにいた清掃員に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「この公園に、そんなベンチはありませんよ」
男は言葉を失った。
さらに清掃員は、不思議そうな顔で続けた。
「ただ……昔、ここで亡くなった女性がいてね」
「夜になると、ベンチに女の人が座っているって話は、昔から聞きますよ」
男は、その場から逃げるように立ち去った。
それ以来、夜の汀公園には近づかなくなったという。
ただ、一つだけ。
男には今でも気になっていることがある。
あの夜。
女が最後に言った言葉。
「待って」
あれは、自分に向けた言葉だったのだろうか。
それとも――
自分の後ろにいた“誰か”に向けた言葉だったのだろうか。
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