久峰隧道――三回目のクラクション

深夜、久峰隧道を一台の車が走っていた。

運転席には一人。

助手席にも一人。

二人は、このトンネルにまつわる噂を確かめるために来ていた。

噂では――

トンネルの中でクラクションを三回鳴らすと、どこからともなく「コツ、コツ」という足音が聞こえてくる。

車がトンネルの中央付近で止まった。

エンジンを切る。

車内は、異様なほど静かだった。

「……やる?」

助手席から小さな声がした。

運転席の人物は黙ってクラクションに手を伸ばした。

――プッ。

一回。

――プッ。

二回。

そして……

――プッ。

三回。

クラクションの音が、トンネルの中を何度も反響した。

その後は、何も起こらなかった。

「やっぱり、ただの噂か……」

そう言った瞬間だった。

『コツ……』

二人が黙った。

『コツ……コツ……』

音は、車の後ろから聞こえていた。

誰かがハイヒールで歩いているような音。

『コツ……コツ……コツ……』

少しずつ近づいてくる。

「……誰かいるの?」

返事はない。

足音だけが近づいてくる。

『コツ……』

車のすぐ後ろ。

そして――

音が止まった。

二人は息を殺した。

運転席の人物が、ゆっくりとバックミラーを見た。

そこには、暗闇しか映っていない。

そのときだった。

コン。

助手席側の窓が鳴った。

二人が振り向く。

誰もいない。

コン。

もう一度。

今度は、さっきより強く叩かれた。

「……絶対に窓を開けないで」

そう言った直後――

窓ガラスに、

白い手形が浮かび上がった。

一つ。

二つ。

三つ。

まるで外から何人もの人間が車を取り囲んでいるようだった。

運転席の人物は慌ててエンジンをかけ、アクセルを踏み込んだ。

車は一気にトンネルを抜けた。

外に出る。

二人は何度も後ろを確認した。

しかし、誰も追ってきてはいなかった。

「……終わった」

そう思った。

ところが――

後部座席から、

『コツ……』

と音がした。

二人の顔から血の気が引いた。

『コツ……コツ……』

音は車内にあった。

後部座席を見る。

誰もいない。

それでも、

『コツ……コツ……コツ……』

足音は確実に近づいている。

そして――

運転席の真後ろで止まった。

しばらく沈黙が続いた。

すると、

運転席の耳元で、

女の声がした。

「……三回、呼んだよね?」

車内が凍りついた。

その後、車は無人のまま走り続けた。

二人は声を出せなかった。

やがて街灯のある場所まで来たところで、ようやく車を止めた。

恐る恐る後部座席を見る。

そこには何もない。

……ただ一つだけ。

座席の中央に、

濡れた足跡が二つ。

車内から後部座席へ向かうように、くっきりと残っていた。

そして、その足跡は――

後部座席で終わっていた。

どこから来たのか。

どこへ消えたのか。

二人には分からなかった。

ただ、それ以来――

久峰隧道の前を通ると、車の中から必ず聞こえるという。

『コツ……』

『コツ……』

『コツ……』

三回目のクラクションを、

今度は車の中から鳴らすように。

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