六甲山人形の家――「夜になると、ひとり増える」
六甲山の山道を、夜遅くに車で走っていた。
時計は午前二時を回っている。
霧が濃くなり、ヘッドライトの先がほとんど見えない。
「……こんなところに、本当にあるのか?」
助手席の友人がスマートフォンを見ながら呟いた。
目的地は、山の中にあると噂される「人形の家」。
そこには、昔から大量の人形が置かれているという。
そして、夜に訪れた人が人形の写真を撮ると――
写真の中に、知らない人形が一体だけ増えている。
そんな噂だった。
やがて、霧の向こうに古びた建物が見えた。
窓は暗く、周囲には誰もいない。
二人は車を降り、懐中電灯を手に建物の前まで歩いた。
入口から中を覗く。
薄暗い部屋の中に、たくさんの人形が並んでいた。
日本人形。
フランス人形。
ぬいぐるみ。
古びた人形。
そのどれもが、こちらを向いている。
「……気味悪いな」
友人がそう言ってスマートフォンを構えた。
カシャッ。
一枚撮影する。
画面を確認すると、部屋いっぱいに並んだ人形が写っていた。
「……ん?」
友人の顔から笑みが消えた。
「どうした?」
「いや……これ、おかしくないか?」
写真の中央。
人形たちの間に、見覚えのない女の子の人形が立っていた。
白い服。
長い黒髪。
そして、妙に大きな目。
二人は顔を見合わせた。
「実物に、あんな人形あったか?」
もう一度、建物の中を見る。
――いない。
写真に写っているはずの人形が、そこにはなかった。
その瞬間。
奥の部屋から、
カタン……
と、小さな音がした。
二人は黙り込んだ。
そして、また。
カタン……カタン……
何かが床を歩いているような音。
「……帰ろう」
友人が小声で言った。
二人が振り返った、その時だった。
入口の脇に置かれていた人形が、こちらを向いていた。
さっきまで横を向いていたはずなのに。
「……見た?」
友人が震える声で聞く。
その瞬間――
奥の暗闇から、女の子の声がした。
「……一緒に、帰って」
二人は一目散に外へ逃げた。
車に乗り込み、エンジンをかける。
何度もセルを回して、ようやくエンジンがかかった。
そのまま山道を下っていく。
しばらくして、友人がスマートフォンを確認した。
「……なあ」
「何?」
「写真……もう一枚増えてる」
画面には、さっき撮影した部屋の写真。
しかし、最初の写真とは違っていた。
人形が一体増えている。
白い服。
長い黒髪。
そして――
写真の一番手前。
こちらを向いて立っている。
友人が震えながら写真を拡大した。
「……待って」
「どうした?」
「この人形……」
その顔を見た瞬間、二人は凍りついた。
それは、人形ではなかった。
車の後部座席に座っている、自分たちと同じ年頃の女の子だった。
二人は恐る恐るバックミラーを見る。
誰もいない。
しかし、その直後。
後ろから、
コン……
と、窓を叩く音がした。
そして、女の子の声が聞こえた。
「……次は、あなたが人形になる番」
車内の温度が、一気に下がった。
翌朝。
山道を走っていた車が一台、路肩に停まっているのが発見された。
車内には誰もいなかった。
ただ、後部座席には一体の古い人形が置かれていた。
白い服。
長い黒髪。
そして、その人形の隣には――
昨夜撮影されたスマートフォンが置かれていた。
最後に撮られた写真には、
三体の人形が写っていた。
そのうち二体は、昨夜そこへ行った二人によく似ていた。
そして三体目の人形だけが、
カメラに向かって笑っていた。
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