見沼田んぼ――帰れない農道

夜の見沼田んぼには、街灯の少ない細い農道がいくつも伸びている。

昼間なら、田んぼの向こうに住宅地や道路が見える。

しかし夜になると、景色は一変する。

ある晩、男が一人でその農道を歩いていた。

近道のつもりだった。

スマートフォンの地図を見ると、あと十分ほどで大きな道路に出るはずだった。

ところが、しばらく歩いても景色が変わらない。

田んぼ。

水路。

そして、暗い農道。

「……おかしいな」

男は立ち止まり、もう一度地図を確認した。

すると、地図上では自分の現在地が、なぜか田んぼの真ん中になっていた。

道は確かに足元にある。

それなのに、地図には道が表示されていない。

その時だった。

背後から、

「すみません……」

小さな声が聞こえた。

男が振り返る。

誰もいない。

ただ、遠くの田んぼの中に、白っぽいものが立っている。

人のようにも見えた。

男は目を凝らした。

すると、その白いものがゆっくりこちらへ向かって歩き始めた。

一歩。

また一歩。

だが、妙だった。

田んぼの中を歩いているはずなのに、足元がまったく沈まない。

男は怖くなり、来た道を戻ろうとした。

ところが――。

数分歩いたところで、見覚えのある場所に出た。

古い標識。

曲がった電柱。

そして、小さな水路。

「……ここ、さっき通った」

そう思った瞬間、背後からまた声がした。

「すみません……」

今度は、すぐ耳の後ろだった。

男は振り返らなかった。

ただ無我夢中で走った。

やがて明るい道路に出た。

時計を見ると、農道に入ってから一時間以上が経っていた。

しかし男の感覚では、歩いていたのは十五分ほどだった。

翌日。

気になった男は、昼間にもう一度その場所を訪れた。

だが、昨夜歩いたはずの農道は見つからなかった。

地図にも載っていない。

近所の人に聞いても、

「そんな道、昔からないですよ」

と言われただけだった。

そして、その日の夜。

男のスマートフォンに、知らない番号から一件のメッセージが届いた。

そこには短く、

「昨日、どうして帰ってしまったんですか?」

とだけ書かれていた。

添付されていた写真を見ると――

暗い農道の先に、男の後ろ姿が写っていた。

そしてそのすぐ後ろには、

白い服を着た何かが立っていた。

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