秋田歩兵第十七聯隊跡――夜の点呼
秋田駅から少し歩いたところに、古い石碑が立っている。
そこはかつて、歩兵第十七聯隊の兵営があった場所だった。
今では建物もなく、周囲には街灯が並び、車の音や人の話し声が聞こえてくる。
しかし、夜になると様子が変わる。
これは、ある男性が深夜にその場所を訪れたときの話だ。
その男性は、夜の秋田市を歩いていた。
時刻は午前一時を過ぎていた。
ふと、街灯の下に立つ石碑が目に入った。
「歩兵第十七聯隊跡」
男性は足を止めた。
昼間に一度見たことがあったが、夜に見ると妙に重々しい。
スマートフォンを取り出し、石碑を撮影しようとした。
その瞬間だった。
「……一、二、三、四……」
どこからか、低い声が聞こえた。
男性は顔を上げた。
誰もいない。
風の音かと思い、もう一度スマートフォンを構える。
「……五、六、七……」
今度は、はっきり聞こえた。
まるで大勢の男たちが、暗闇の中で人数を数えているようだった。
男性は周囲を見回した。
しかし、道路にも歩道にも人影はない。
すると突然――
「全員、整列!」
大声が響いた。
男性は思わず後ずさった。
その声と同時に、道路の向こうから、
ザッ……ザッ……ザッ……
と、何十人もの足音が近づいてきた。
だが、そこには誰もいない。
音だけが近づいてくる。
そして男性の目の前で、足音が止まった。
「……点呼を開始する」
低い声。
続いて、
「一番!」
「……はい」
「二番!」
「……はい」
「三番!」
「……はい」
暗闇から次々と返事が聞こえてくる。
男性は恐怖で動けなかった。
点呼は延々と続いた。
ところが、ある番号で突然、返事がなくなった。
「……二百三十七番!」
沈黙。
もう一度、
「二百三十七番!」
やはり返事はない。
すると、すぐ隣から小さな声が聞こえた。
「……まだ帰ってきていません」
男性は凍りついた。
声は、耳元から聞こえた。
誰かが自分のすぐ後ろに立っている。
振り返ることができない。
すると、
「……お前は?」
低い声がした。
「何番だ?」
男性は必死に首を横に振った。
「違う……俺は軍人じゃない……」
その瞬間。
耳元で、囁くような声がした。
「なら……なぜここにいる?」
男性は夢中で走った。
後ろから、
ザッ……ザッ……ザッ……
と無数の足音が追いかけてくる。
振り返ることはできなかった。
ただ、最後に一度だけ、
「全員、前へ進め!」
という号令が聞こえた。
翌朝。
男性は自分のスマートフォンを確認した。
昨夜、撮影したはずの石碑の写真。
そこには、確かに石碑が写っていた。
しかし、その前には――
何十人もの兵士が整列していた。
古い軍服姿の男たち。
全員がこちらを向いている。
そして写真の一番手前。
男性のすぐ後ろに、
顔の見えない一人の兵士が立っていた。
その兵士の胸元には、小さな番号札がついていた。
「237」
男性は、その写真をすぐに消した。
だが、それ以来。
夜になると、自宅の玄関の外から、
「一番!」
「二番!」
「三番!」
と、誰もいないはずの場所から点呼の声が聞こえるようになったという。
そして最後には、必ず同じ声がする。
「二百三十七番――」
少し間を置いて、
「……まだ帰ってきていません」
その声が聞こえた夜。
男性は決して、玄関の外を見ない。
なぜなら――
あの夜から、点呼の人数が一人ずつ増えているからだ。
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